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BleuCiel(別館)

気の赴くままに

【ブルードラゴン】Fine【SS】

※死ネタ(メリバ?)。
アニメ版ブルードラゴン。二期後。
アンドロポフ×クルック。



 Fine


 クルックは普段施錠している引き出しから、新品のナイフを手に取る。まだ使われていない刃は、来るべき時を待ち続けていた。ケースから取り出し、錆びていないか確認する。アンドロポフとクルックにしか分からない暗号文を受け取った彼女は、ナイフを持ってテレポートした。アンドロポフからの伝言はまるで遺言のようで、クルックは彼からの文をナイフを置いていた場所に入れる。生きている以上、いつか死(終わり)が来る。それが平均より早くなっただけの話だ。それだけの業を負った自負はある。二人は《終わり》にただ怯える訳でなく、幸せな日常を素直に受け取った。

「(――やっぱりこうなるのね)」

 瓦礫の山となった建物、道端に転がる生活の欠片、かつて暮らしがあったであろう場所は廃墟と化していた。建物としてかろうじて残っていたのは、生活の支えにもなったであろう教会だった。あるはずのドアはない。ステンドグラスは割れて光が直接入る箇所もある。参拝者が座る長椅子は、臨時救護所となった際に解体されそのときの最適な姿へと変化した。皆を見守る女神を模したであろう像は所々欠け、教会に似合わぬ染みも見受けられる。像は制作当時と変わらぬ微笑みを浮かべていた。

「……アンドロポフ」
「あいつの仲間!?」
「「「!!」」」

 クルックの視線の先にあるのは、アンドロポフだったモノ。必要以上に痛めつけている。それは相手の怨みの大きさを示す。アンドロポフはかつてグランキングダム軍に所属していた。その間に葬った人は数しれない。ここに住んでいた人たちも、グランキングダム軍の襲撃に遭った。殺されたり、捕虜として捕らえられたり、命からがら生き延びたり。ここに住んでいる人たちは裕福とは言えなかった。それでも、ささやかながら毎日を謳歌していた生活が一変した。ネネの一存により、無慈悲に蹂躙される。家族と離れ離れになり、なかには現実を受け止めきれず後追いする人も出てきた。

「あなたたちは奪われたの?」
「……ッ、うるさい!!」
「お前に何が分かる!?」
「あいつの女か?」
「クソッ、いいご身分だな」

 アンドロポフと同じ視線をクルックは受ける。憎悪に塗り固められた意志を受け取っても彼女は臆さない。心の片隅では同情しつつも、それを表に出すことはなかった。復讐に燃える炎は、赤の他人である彼女に鎮火出来ない。

「大丈夫、あなたたちも同じ場所に連れて行ってあげる」

 会話がかみ合わない。言葉のドッジボールだ。クルックは口角を上げる。それは普段浮かべる笑みとは違い、どこか狂気的だった。第二ラウンドを悟った人たちはクルックに向けて武器を構える。小さな空間に緊張が走る。彼女はお手製の小型銃を構えた。《影》のエネルギーを弾丸に転化し、発射させる仕組みだ。通常の銃よりも暴発のリスクが低く、転化させる式さえ理解すれば照準も狙いやすい。難点は彼女が彼女のために作ったことだろうか。トリガーを引く指は不思議と軽い。先手はクルックが取った。相手の急所を確実に射貫く。
 クルックはフェニックスを呼ばない。それは彼女が定めた超えてはいけないラインだ。たとえ相手がアンドロポフを痛めつけた人たちだったとしても、否、だからこそ自分の手で決着をつける。相手の銃火器の大半はアンドロポフ相手に使い切った。遠距離は投石、接近戦は刃物で対抗する。アンドロポフとの戦闘で多少体力がなくなっているとはいえ、数の上ではクルックが圧倒的に不利だ。それでも、彼女の的確な判断と持っている銃は状況を覆す。ひとり、またひとりと確実に仕留めていく。ときには自分の体を盾にし、確実性を上げる。

「――。やっぱり、シュウみたいには……なれないや」

 重い体を引きずるようにして歩く。片手は相手の攻撃をまともに受けてしまい、使い物にならない。いくら頭が回る彼女でも、不慣れな戦闘で完璧に立ち回ることは出来なかった。やっとの思いでアンドロポフのところに着いた途端、彼女は座り込む。念の為に彼がこの世にいないことを確認する。クルックも戦闘で重傷を負った。おまけに銃を使ったときに体力を消費し、テレポートをするだけの体力がない。ナイフをクルック自身の心臓に向け、からくりを作動させる。彼女が最期に傷つけるのは自分自身だった。彼女はアンドロポフと向かい合い、微笑む。血が至る所に舞い、死体の山があるとは思えないほど穏やかな笑みだった。

「(地獄で会いましょう)」

 かつて仲間を守るために力を欲した少女は、他人を傷つけるために力を振るった。相手の行動も理屈では理解していた。仲間のひとりであるジーロも突然家族や村を奪われ、復讐に燃えていた。その感情を間近で見てきた彼女は、ジーロの復讐を止めることはなかった。クルックとシュウの故郷であるタタの村も襲われ、被害を受けた。シュウが《影》を発動しなければ凄惨なことになっていた。相手が抱いている憎しみは解っている。憎き相手が平穏な暮らしを謳歌しているとなれば、心がささくれ立つのも致し方ない部分はある。しかし愛する人を無惨な姿にされて冷静でいられるほど、クルックは大人でもなかった。
 彼女にとってのアンドロポフは憎むべき非道な軍人ではなく、生涯寄り添うと決めた大切な人。初恋を乗り越えた先にあった、もうひとつの光だ。そんな彼をいたぶり、成し遂げた表情を浮かべる者たちのことを彼女は許せなかった。アンドロポフは抵抗しなかったのだろう。どんなに苦しくても、自身の罰だとして耐えていた。自分の手でアンドロポフを殺した相手を始末出来る、――彼女の気分は高揚する。そんな自分自身に驚き、軽蔑した。しょせんはその程度の人間だったのだと。
 薄れゆく意識のなか、幼馴染に詫びを入れてアンドロポフを眼に焼きつける。最期までどうしようもない人生だったとしても、この瞬間だけは愛する人を見つめていたい。ただそれだけ。そんな姿になってもアンドロポフはアンドロポフだ。彼女は止血することなく、冷たくなった彼の手を握った。指をしっかりと絡める。廃れた教会は血の臭いが充満していた。生きている者はいない。戦により各々が奪い奪われた。ここにいる者の戦がようやく終焉を迎える。導かれる先は天国か地獄か。像は壊れることなく最後まで人間の行く末を見守っていた。責めることもせず、救いの手を差し伸べることもせず、笑みをたたえ見届ける。


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