※死ネタ有。
※クルックの両親超絶捏造(本編前に行方不明/実はグランキングダムの一員)。
アニメ版ブルードラゴン。二期数年後。
アンドロポフ×クルック。
ロギ、クルック、アンドロポフ。
金盞花
*ロギ
『ごめんね、〈 〉』
「っ」
ずいぶんと昔の出来事の夢を見た。翡翠色の瞳が印象的な、グランキングダムの裏切り者。私はシュナイダーとアンドロポフを連れて軍医と科学者の始末に向かった。慎重に、かつ迅速に、適正を考えての選出だ。多少手間取ったが任務は無事に遂行した。科学者の女は事切れる前に誰かの名を呟いていたが、うまく聞き取れなかった。あの二人は最期まで抜かりなかった。自爆装置を仕組んでいたらしく、結果、遺体は損傷が激しく我々の手に渡ることはなかった。あの二人は我々から逃げ切ったのだ。
あれからずいぶんと月日が流れた。あのあと二人に子供がいたらしいということが判明したが、それ以上の情報は出てこなかった。グランキングダムは壊滅し、あの夫婦も闇に葬り去られる。何人もの命を奪ってきた。そのうちのたったの二人。いちいち最期の言葉など覚えてはいられない。それなのに、どこか引っかかる。
*
「(――なぜ今更あんなことを)」
「ロギさん、どうかしました?」
「まさかな……」
子供だった少女も大人になる。彼女がもしそうなのだとしたら、実に数奇な運命だ。アンドロポフはこのことに気がついているのだろうか。いや、きっと気がついていない。恋は盲目とはよくいったものだ。かくいう私も今の今まで疑問に思うことはなかった。彼女が大人に近づくにつれ、過去の幻影と重なる。それが真実だとしたら、なんという皮肉か。
「お前の親はどこにいる?」
「――どこかで生きています、きっと」
それは彼女の淡い希望。理論的な彼女にしては珍しく、感情を優先させていた。
「…………」
私は何も言えない。彼女の一縷の望みさえ潰してしまいそうでならない。彼女は話題を打ち切るかのように部屋を出ていく。私の仮説が正しければ、もう彼女の親が姿を現すことはない。しかし、長い間彼女は親の帰りを待っている。自身が大人になろうとしても。彼女にとって、両親が生きているという事実は一種の心の支えになっているのかもしれない。それが崩れてしまったとき、もしも親の仇が目の前にいるとき、彼女はどんな選択を取るのだろうか。
「まったく……」
ひとり頭を抱える。とんでもない置き土産を残してくれた。アンドロポフにどう説明しようか。彼はきっと覚えている。回収出来なかったグランキングダム時代の最後の裏切り者。それに、始末するにあたり綿密な計画を立てた。それほどまでに厄介な相手だった。
*クルック
「っ……」
心臓の鼓動がうるさい。手で押さえても収まる気配を見せない。まさかロギさんから両親の話題が出てくるなんて思わなかった。あたしは両親のことをよく知らない。そのことに気がついたのは、両親が旅に出ていったあとだった。ルミナスの村にもいないとなると、あたしはお手上げだ。今でも両親の行きそうな場所が分からない。旅に出てしまう両親に対して、あたしは何も出来なかった。何を言っても無駄だと子供ながらに感じ取ったのかもしれない。
両親が身の上を極力話したがらないのは、後ろめたさがあるから。何度も考えて、そのたびに可能性を消した。あたしの母は機械に明るい。少し複雑な回路もすぐに見抜いて修繕してしまう。父は医学に詳しくて、タタの村ではちょっとしたお医者さんのような活動をしていた。村の人たちから慕われていた、自慢の両親。
「(ロギさんは何を言おうとしたの?)」
あたしの知っていることは、両親がルミナスの村出身で、あたしを身籠ったあたりからタタの村にやって来たということ。
「クルック?」
アンドロポフが心配そうにあたしの顔を覗き込む。そろそろ向き合うときが来たのかもしれない。いつまでも子供ではいられない。どこかで区切りをつけないと。あたしは笑みを張りつけ、この場を切り抜ける。アンドロポフとどんな会話をしたのか覚えていない。フェニックスのテレポートを使って家に帰った。
翌日には険しい表情を浮かべたアンドロポフが帰ってくる訳で。これはロギさんから何か吹き込まれたな。あたしとアンドロポフは椅子に座り、向かい合った。まるで昔に戻ったみたいに、緊張感に満ちている。いつもと変わらない口調を心がけながら彼に話しかけた。今まで彼と話をするのに、こんなに気を遣うことなんてなかった。敵同士だった頃すらもう少し和やかな雰囲気だったかもしれない。
「ねぇアンドロポフ、グランキングダムにいた頃ってどんなことをしてたの?」
「……前線に出たり、ときどき離反者の始末もしてた」
「そう。……始末、ね」
あたしはアンドロポフの目を見据える。何かを知っている。それはあたしがずっと探していた答えかもしれない。数多のパターンのなかで最悪の形での結末。神様が仕組んだのだとしたらなんて意地悪なのだろう。
「ロギ様に呼ばれてシュナイダーと一緒に軍医と科学者の始末に行った。おれはあんまり覚えてないけど、ロギ様曰く二人共翡翠色の目が印象的だったらしい。……お前みたいな」
「名前、憶えてる?」
「〈 〉」
「ッ……、嘘よ! そんなこと!」
覚悟、していたはずなのに。あたしは声を荒げる。机を叩いた衝撃で、机上に置いてあるコップの水面が波立つ。ロギさんの記憶と、その人たちが遺した名前。それ以上の検証は出来ない。もしかしたら違うかもしれない。でも、現状は限りなく黒だ。その人たちの何かがあれば、遺伝子検査でもっと正確に調べられる。……自ら逃げ場をなくすような真似をして何になる。そう、確定した訳ではない。
「……ただ、旅に出ただけ」
まだ子供だった娘であるあたしを置いて。シュウの両親が病で亡くなったとき、お母さんはシュウが寂しくならないように頻繁に抱きしめていた。両親が旅に出たとき、お母さんはあたしを抱きしめてくれなかった。お父さんも、そんなお母さんに何も言わなかった。どんな言葉をかけてくれたっけ。点と点が線となってつながっていくような感覚を否定する。自分のなかで浮かび上がる仮説に蓋をした。
両親の前でのあたしは《良い子》の部類だったと思う。怖かった。《悪い子》でいたら親に見捨てられてしまうのではないかと。手のかかるうちは育ててもらえるかもしれない。でもそれは大人としての義務であり、それ以上のものは与えてもらえないのでは――と。アンドロポフの視線が痛い。彼はもう軍人ではない。あたしと一緒に暮らしている一般人だ。それでも、あたしは彼に憎しみの感情を向けてしまう。大切な人なのに、激情のままに傷つけてしまいそうだ。
「ごめん、もうちょっとだけ一人にさせて」
駄目だ、全然冷静になれない。鞄を持って家を飛び出す。タタの村に行ったら両親があたしの帰りを待っていて、あたしは今まで起きたことを話すんだ。シュウと一緒にいないことに驚かれるかもしれないけれど、事情を話したらきっと理解してくれる。幼馴染の関係は続いているし、今でもあいつはあたしの希望だ。……そんな妄想を抱いては自嘲する。あたしはテレポートでルミナスの村に来た。誰もいない村は、今のあたしにちょうどいい。
住んだことはない。幼い頃に数回だけ両親と共に立ち寄ったことがある程度だ。家の跡地を教えてもらって、周囲を軽く散歩するだけ。ただ朽ちていくだけの土地に、人が再び住み着くことはないだろう。フェニックスと二人きりで散歩をする。