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BleuCiel(別館)

気の赴くままに

【ブルードラゴン】幕は上がらない【SS】

続きもの
アニメ版ブルードラゴン。二期数年後。
クルック、アンドロポフ。



 1,幕は上がらない


 これは、エンドロール後のこぼれ話。

 空は、どこまでも青い。過去に起きた悲しい出来事など、まるでなかったかのような快晴だった。しかし、目下の廃墟は訴える。確かに惨劇はあった、と。誰かが嘆き、また誰かは無謀な戦に命を懸けた。
 天気の良さが仇となり、地上の景色が浮き彫りになる。岩の形状はどこか不自然だ。それは、かつて誰かがこの地で戦ったことを示していた。
 そんな場所に、ひとりの少女が舞い降りる。そのまま消えてしまいそうな危うさを秘めた少女は、周囲を見回した。変わらない景色に安堵する。彼女が求めているものは、ここにちゃんとある。
 背後にいる鳥の羽が少女の周囲に舞い、彼女を引き立てる。鳥の姿をした桃色の《影》は、通常の影に戻った。
「えへへ、来ちゃった」
 クルックは自嘲気味に呟く。
 彼女は瞬間移動能力を使い、普段の生活圏内から直接封印の地へ来ていた。そして彼女は何をする訳でもなく、ゾラが消えた場所に立ち尽くす。クルックの瞳に、空の青さは映らない。
 ここに来るのは、今回が初めてではない。彼女は野ざらしにされた封印の地に、何度も立ち寄っていた。この程度の瞬間移動は、フェニックスとともにいる彼女にとって造作もない。
 二度と戻らないとも覚悟していた《影》――フェニックスが、ノイの手によって復活する。そして、相も変わらず混沌とした世界は上位生命体の介入もあり、今度こそ落ち着きを見せ始めた。
「……夕ご飯までには戻らないと」
 タイムリミットを設けておかないと、いつまでも居座ってしまう。クルックは、あえて言葉に出した。
 かつてローゼンクロイツに捕らわれたクルックは、彼女を捕まえた張本人であるアンドロポフの助けもあり、自らの力で仲間たちの元へ駆けつける。それが、地獄の門を開くことになるとは露知らずに。
 彼女は今でもその行為を深く悔いていた。あのとき、最終的に引き金を引いたのはクルック自身だと、何度も何度も後悔した。物事を俯瞰的に捉えることができたなら、もしかしたら違った結末を迎えられたかもしれない。
 シュウやほかの仲間はもちろん、ロギやアンドロポフも彼女を責め立てることはない。クルックは、それをどこか苦痛に感じることもあった。責めてくれたほうが、かえって楽になるのに――、と。
 責められたところで、何もできないのは分かっている。瞬間移動の能力はあっても、死者をよみがえらせる能力は彼女にない。結局は、クルックの気持ちの問題でしかないのだ。
 フェニックスを失い、クルックは機械とわずかにあった医療の知識を用いて、戦火の跡が残る野戦病院に勤めていた。彼女の働きぶりは大人と比較しても遜色がない。
 当時の彼女ができる精一杯は、皮肉にも現実というものを否応なく突きつけた。周囲の人から感謝されることもある。彼女は感謝の意を受け取りつつも、内心では違うと首を横に振った。
 ――それを受け取るべき人は、ほかにいる。
 彼女にとって、ある意味それは罰でもある。
 病院には《闇》との戦いだけではなく、人間同士の戦いで傷ついた者もいた。ひどい怪我を負っている人や、見た目の傷以上に精神的に深い傷を負った者もいる。必死の処置もむなしく、助けられない命もあった。怪我の回復を待たず、なお戦地に赴こうとする者もいる。
 戦地に戻ろうとする人を引きとめようとするたびに、彼女はぐっとこらえる。赤の他人が止めようとしたところで、止められるはずがない。
 あるとき、クルックの心情を察した兵士が告げた。その兵士は、ジブラル軍のひとりだった。戦闘で負傷していたが、クルックをはじめとする医師や看護師の処置もあり無事に回復する。
 独りになった自分はこの道しか残されていない、憎きグランキングダムが消滅しても、ローゼンクロイツが第二のグランキングダムになる危険性が残っている限りは戦うしかない――と、彼は言い切る。
『…………』
 クルックは、何も言い返すことができなかった。彼の迷いのないまっすぐな瞳は、どこか幼馴染を連想させる。長い旅の果てに、彼女がフェニックスとともに失ったものだ。
『――きみの気持ちは受け取っておくよ。ありがとう』
 兵士は、俯くクルックの頭を撫でる。彼女は唇を噛んだ。本当に辛苦しているのは兵士のはずなのに、自分が慰められている。それが悔しくて、もどかしくて。
 クルックは兵士の腕を掴みたい衝動を、必死に抑えた。ほどなくして、兵士は病院を去る。
 生きているのか、死んでいるのか。その後の兵士の行方を、クルックは知らない。
「ゾラ、何が正解だったの?」
 クルックは、涙声でゾラに問う。彼女の問に答えてくれる者は、誰もいない。それでも彼女は、ゾラが答えてくれるのをいたずらに待った。そして祈りを捧げるかのように、そっと目を伏せる。
 哀れな少女に、救いの手を差し伸べる者は存在しない。
 数年前から迷い込んだ迷路の出口は、いまだに見つかりそうになかった。出口のヒントも与えられず、終わりなき道をさまよう。
 しばらくすると踵を返し、次の場所へ歩いて向かう。さほど時間もかからず、崖の谷間のような場所に到着する。岩肌は削れ、いびつな凹凸が描かれていた。
 そこは、アンドロポフとシュナイダーが死闘を繰り広げ、結果的にシュナイダーが命を落とした場所だ。激しい戦闘音は、ゾラに会うために先を行っていたクルックたちの耳にも届く。
「シュナイダーさんなら、もう知っているかもしれないけど、」
 クルックは膝をつき、アンドロポフ――そして彼から聞いたロギの近況を報告する。シュナイダーは彼女にとって、大切な人の命の恩人。
 ゾラの目論み通り《闇》が解放され、シュウたちは行き場を失くした。彼らは考え方の違いにより衝突しながらも、ロギが率いるローゼンクロイツと共闘する。
 そのさなかにクルックはシュナイダーとアンドロポフの、どこか兄弟のようで微笑ましい、また既視感を覚える関係性を垣間見た。
 共闘する仲間として、クルックが彼らと対話で相互理解を得ようにも、何もかも遅すぎた。《闇》は皆平等に飲み込む。強大な力の前では、個人のささやかな感情は無に等しい。
 敵として相対する人たちにも、事情がある。これまでの旅路でクルックも薄々は察してはいたが、自らを正義だと言い聞かせ見ないふりをしてきた。責任の矛先を、すべて《悪》に擦りつけていた。
 誰かを守るために、誰かを傷つける。今までのツケが自分自身への詰責として、牙を向く。
 上位生命体との戦いも落ち着き、いがみ合っていた勢力は少しずつ歩み寄りの姿勢を見せはじめる。なかでも一番大きな出来事は、ローゼンクロイツと白の旅団が話し合いの場を設けたことだろうか。
 すでに多数の犠牲者が出ている以上、負の連鎖は止まらない。特にグランキングダムの頃から因縁のある人たちは、一筋縄でいくはずがない。
 目には目を、歯には歯を――、やり場のない怒り、憎しみ、悲しみ……、ありったけの負の感情を相手にぶつける。
 戦が長引き、長年そうして生き続けてきた人たちもいる。自らを正当化しないと、己の存在意義を見失ってしまいかねないから。生きる理由は、人それぞれだ。
 シュウはブーケをはじめとする協力者とともに、戦を鎮めようと努力している。それはとても骨の折れる作業で、一生を捧げてもシュウの悲願は叶わないであろう。結局、無意味な行動になるかもしれない。
 負の感情を軸に生きてきた人たちに対し、人格を否定することにもつながる。シュウとて、それは望んでいない。が、自然とそうなってしまう。二兎を追う者は二兎も得ず、彼は選択せざるを得ない。
 それでもシュウは動く。ひとつでも多くの負の連鎖を断ち切るために。当然、武力行使することもある。怒り、嘆き……、どうしようもない感情を彼はできる限り受け止めた。
 話し合いですべて解決はできない。むしろ、話し合いで済むことはめったにない。そんなシュウを、ブーケは殊勝にも彼の隣で支え続ける。
「……みんな、無茶してないといいんだけど」
 自分のことを棚に上げて、クルックは仲間の心配をする。仲間が聞いたら「それはこっちのセリフ」、と言われるだろう。……実際のところ、お互いさまなのだが。
 クルックもまた、《闇》との戦い以降避けてきた事実に少しずつ向き合うようになった。もう逃げることはしない。シュウのように世界を駆け回ることはないが、傍観者であることをやめた。
 もうひとつの故郷を見つけたクルックは、そこを拠点に戦争で心身ともに傷ついた人たちを治療することもある。その行為に、後ろめたさはもうない。
 さまざまな立場の人を診て、その結果再び戦場に向かう者もいる。クルックは、その人たちの無事を祈るだけだ。彼女に、その人たちの道を決める権限はない。
 クルックは野戦病院で勤めていた頃のように俯かず、その人たちを眼に焼きつける。
 彼女にとって都合のいい正義の名の下に行動することは、もうしない。各々の立場により、天使にも悪魔にもなり得る。彼女は十二分に理解し、受け入れた。
 シュナイダーとともに戦死したかと思われたアンドロポフは、奇跡的に一命を取り留める。もしも手当が遅かったら、傷が深かったら、紙一重の差でアンドロポフも命を落とす可能性があった。
 クルックをはじめとする病院関係者の懸命の治療の甲斐もあり、一時は全身包帯人間にされていたアンドロポフの傷はほぼ完治する。
 いつまでもクルックに世話になる訳にはいかないと、アンドロポフはロギの元で働くようになった。以前のように戦闘に出ることはなく、事務的な仕事がメインだ。
 遡ればどこでどう保管されていたのか分からない、グランキングダム時代から眠っている過去の資料もある。
 常に優秀な人材を探しているロギにとって、アンドロポフからの申し出はありがいものだった。ロギが思うに、資料整理に関してはアンドロポフ以上の適任者はいない。
 ごくまれに影使いとして、アンドロポフが《影》の使い方を教えることもある。それは周りの人や自分を守ることに重きを置いた、《影》の使い方だ。
 アンドロポフは文句を言わず、ロギから課せられた仕事を黙々とこなす。アルバムをめくるかのように、硝煙にまみれた過去を懐かしむこともある。
 クルックも知らないアンドロポフのありし日の思い出は、色褪せることもなく彼のなかで生き続ける。彼は激戦をくぐり抜けた資料と自分自身の感情を、少しずつ確実に整理していく。
 彼の思い出のなかには、褒められたものではない物事もある。それでも彼にとっては、今の自分を形成するために必要なものだった。
 アンドロポフの療養のため、クルックが彼とともに訪れた村の子供たちも成長する。クルックが毎日子供たちの様子を見ることはなくなった。大人になるための階段を、一段ずつ上っていく。
 戦争で心に傷を負った子供たちは、クルックの優しいまなざしに見守られながら、前を向いて歩み始める。赦す強さを持って、少しずつ子供たちの世界が広がっていく。
 クルックはタタの村に戻らずに、アンドロポフとともに第二の故郷に住み続けることを選んだ。
 彼女はタタの村にまったく帰らない訳ではなく、時たま顔を見せる。今は村から離れた場所に住んでいるとしても、たくさんの思い出が詰まった大切な場所だ。
 村人たちが代わりに奇麗な状態で維持してくれていても、余裕ができてからは彼女自身も定期的な掃除や換気は欠かさない。
 ……今彼女が立っている、荒れ果てた場所とは違う。
「手入れなんて、誰もしないわよね……」
 時々道端に転がっている石ころを蹴飛ばしながら、クルックは道なき道を歩く。封印の地に、きれいに舗装された道はない。《あの日》からずいぶん経った今でも、手をつける物好きはいない。
 封印の地には、《あの日》まで誰かが生きていた証でもある、お墓が数基あるぐらいだ。自生する草花が、わずかに顔をひょっこりとのぞかせる。健気に生きる草花は、そよ風に乗ってゆらゆらと揺られていた。
 世界から見捨てられ荒廃した土地にある、かすかな彩り。矛盾だらけでどうしようもない世界でも、確かにある希望。誰かが確かにいた存在証明は、草花とともに在った。
 クルックはゾラが消えた場所に戻る。ゾラが消えた際に遺ったのは、常に身につけていたバンダナだけだった。それ以外は何も遺さず彼女は消える。
 ゾラがいた証左がバンダナだけだったとしても、クルックたちの心のなかには、彼女と過ごした思い出が確かに刻み込まれている。今とは比べようにないほどの激動の日々、常に死と隣り合わせの旅路だった。
 彼女は、乾いた地面を見つめる。普段の彼女がめったに見せない、誰かを責めるような、今にも泣きだしそうな表情を浮かべる。不思議と、涙はこぼれない。胸に両手を置き、手のひらを強く握りしめる。
「ゾラのこと、もっと知りたい。夢でもいいから会いたい」
『――優しいんだな、君は』
「ねぇ、ゾラの言う優しいってなんなの?」
 クルックの声は震えていた。かつてゾラに言われた言葉の真意を、クルックは図りかねている。
「……優しくなんてないのに」
 ゾラは己の目的のために、クルックをはじめとするシュウたちを利用しているのではないか? ローゼンクロイツに捕らわれたときに、ロギに指摘された。違う、――とクルックは即答できなかった。
 言葉少なくとも、ゾラは正義のヒーローだと信じたかった。ネネを倒してからの行動に多少の疑問を抱きつつも、クルックもほかの仲間もゾラについて行く。
 ゾラに導かれ、挙句の果てに消されかけた。――否、一度は消された。シュウとブルードラゴンの足掻きもあり、最終的にゾラが消滅する。彼女自身の身に起こった、事の発端だけを伝えて。
 旅の最中にどう思っていたかは、ゾラの心のなかに秘められたままだ。単なる駒として見ていたのか、多少なりとも情が湧いていたのか、今では確かめようもない。
 クルックはもう叶わないと知りつつも、ゾラの答えをずっと求めている。
 仲間と再会してからは、なおさらその感情が強くなる。個性豊かで一見するとまとまりがないように見えても、旅のなかで培ってきた絆は伊達ではない。それは、ゾラが見守っていたことも大きい。
 年上の人の背は、実物の何倍以上も頼りがいがある。彼女たちは安心して交流し、ときには意見が対立してぶつかることもできた。
 クルックたちを利用しているのではないか? かつてロギに問われたことの返答は、数年経った今でもまだできない。
 そうしているうちに、世界に安穏の日々が訪れる。《闇》との戦いが終わったあとにアンドロポフとともに過ごした二年間は、クルックにとっては大切な安らぎの時間だった。
 クルックは敵対していたときに隠れていた、アンドロポフの優しさに触れる。戦いで傷を負ったのは、アンドロポフもクルックも一緒だった。
 二人は互いの傷を癒すように、かつての仲間から距離を取ってまでして、ひっそりと穏やかな時間を過ごす。それは遠回りに見えて、確かに必要だった時間。
 クルックにとっては、遠い昔の出来事になってしまった日常を取り戻す。アンドロポフにとっては何もかもが新鮮な、戦とは無縁な日常だった。そんな日々があったからこそ、クルックはシュウたちとともに再び戦う決意を抱く。
「ゾラ……ッ!!」
 クルックの悲鳴にも近い叫びが、何もない大地に虚しく響く。誰になんと言われようと、彼女にとって旅の記憶は大切な宝物のひとつだ。きらきらと輝く欠片は、普段箱のなかにしまっている。
 宝物のせいで、結果的には《闇》を解放してしまうことになってしまった。それでも、ゾラに見守られつつ仲間たちと一緒に過ごす酸いも甘いも味わった旅路は、時を経た今でも鮮明に覚えている。
 簡単に壊せるものなら、旅に出る以前の平穏な日々だけを愛しているのなら、こんなに引きずっていない。
 わざわざ封印の地に来てまでしてゾラを捜すことが、空虚な行動であることを誰よりも理解しているのは、ほかの誰でもないクルック自身だ。
 盛大な寄り道をした彼女は、村に戻る。本来の目的である食料の買い物を終わらせてから、アンドロポフが待っている家に帰る。心の拠り所となる大切な場所だ。
 村の子供たちを見守りながら、クルックは時々シュウたちに思いを巡らす。一度は諦めていた仲間との交流は、彼女の大きな刺激となる。
 彼女にとって、アンドロポフと村の子供たちとの日々だけでも充分過ぎる幸せだった。それが、ノイの登場により彼女たちの運命は変わっていく。新たな分岐が生まれた。クルックは、新しくできた道を選んだ。
「ただいまー」
「……おかえり」
 アンドロポフは、クルックから借りた本を読んでいた。彼女の声が聞こえ、栞を挟み本を閉じる。二人は雑談をしながら、彼女が村で買ってきた食べ物の仕分けをしていく。
 クルックは、単独で封印の地に行ったことを言わなかった。この穏やかな雰囲気を、壊しかねないから。
 封印の地には、一年に何度か二人で行くこともある。クルックはシュウたちとも立ち寄ることもあり、封印の地に行くこと自体を否定されている訳ではない。
 一方のアンドロポフも、ロギとともにシュナイダーのお墓参りに行くことがあるのだから。アンドロポフも、過去を振り返る必要性は理解している。
 ……ただクルックの場合は、単身で向かう頻度が段違いで多い。ほかの人は年に数回で収まるのだが、彼女の場合は多い日で月に数回は通うこともある。
 クルックが幼馴染を案ずる一心でシュウとともにタタの村から旅立たなければ、軍人だったアンドロポフがひょんなことから隙だらけのクルックに興味を持たなかったら、クルックもアンドロポフもすでにこの世界にいなかったかもしれない。
 数多の可能性からひとつを選び、二人は完成した道を歩んでいく。
 その過程で多数の人々を傷つけ、命を奪うこともあった。それでも罪を自覚して背負いながら、二人はこの世界で生き続ける。今が、薄氷の上にある幸せだったとしても。
 二人の足元には、膨大な数の死体がいる。死ぬまで途絶えることはないであろう、怨言が轟く。それらは常に、彼らを同じ場所へ招き寄せていた。

*クルック*
 家族も同然の幼馴染と、ずっと一緒にいると思っていた。でも、それは当たり前じゃなくて、ふとした拍子に崩れてしまう脆いものだと知った。
 きっと、はじめは小さなすれ違いだった。気がついたときには、すっかりシュウと距離ができてしまっていたけれど。
『――あたしはもう戦えない』
 シュウからレジスタンスに誘われたあの時期は、戦いが嫌で嫌でたまらなかった。彼みたいに前に向けなくて、でも彼にそんな水を差すようなことを言える訳がない。
 あれほど好きだったはずの機械の話題も、驚くほどまったく耳に入らない。
 アンドロポフが誘ってくれなければ、あたしは本当にシュウと離れ離れになっていただろう。心が壊れていたかもしれない。今改めて振り返ると、多分あのときのあたしは、それほどまでに追いつめられていた。
 旅の出来事をすべて理解したくなくて、目の前のことで逃避をしていた。今から旅立つシュウにそれを察してほしくなくて、足手まといになることが怖くて、意思を押しつけ彼を突き放すことしかできなかった。
 アンドロポフには本当に感謝しているし、彼はあの頃の不安定なあたしを受け入れてくれた大切な存在だ。そうでなければ、同棲なんて続けていられない。仮に同情だけで過ごしていたら、今のあたしはいない。
 いつの日か彼に問われたときに答えた言葉は、紛れもない本心だ。選択肢が用意されているだけ、あたしは恵まれている。
 ブーケとは旅をしているときはぶつかることも多かったけれど、彼女はシュウを支え続けてくれている。戦闘能力だけではない、ブーケの強さが垣間見えた気がする。
 あたしには無理だった。あたしもシュウも、幼馴染というポジションに甘え続けていた。
 ――旅に出た以上、いつかはこうなる運命だったのかな。
 あたしもシュウも、誰かを守るために影使いとして覚醒した。それなのに、ブルードラゴンとフェニックスの戦闘スタイルはまったく違う。ゾラに対する考え方も、《闇》を解放してしまった際の覚悟も違っていた。
 手のかかる弟分だと思っていた幼馴染は、世界を救う英雄となった。……でも、シュウはシュウだ。あたしにとっての彼は、やっぱり幼馴染で。すれ違う日々は、もう二度と送りたくない。
 今はあたしが夢を見てい世界の形のひとつだ。だからこそ、こうして立ち止まってしまう自分に嫌気がさす。封印の地でゾラに会いに行っても、彼女に対して手を合わせたことは一度もない。
 フェニックスの能力をいいことに、いるはずのないゾラを捜す。たびたび封印の地に来てしまうのは、きっとあたしだけだ。みんなは前に進んでいるのに、あたしだけ後戻りしてしまう。
 あたしだけで来るときはなるべくほかの人に会いたくなくて、アンドロポフとロギさんがシュナイダーさんのお墓参りに来る時期や、コンラッドさんやレゴラスさんなどの、ジブラル国関係者が来る時期も覚えてしまった。
 逆に、シュウたちは読めない。みんなの都合は、本当に予測しにくい。それでもまだ、封印の地で不意に出会ってしまうことはない。
 あたしの醜い感情を、誰かにさらしたくない。こんな感情を見せても誰も何もできないし、ただみんなが不幸になるだけだ。
 一度はゾラのところに瞬間移動できるか挑戦してみたけれど、案の定不発に終わる。
 ちなみに、片道切符だったときの対処は一切考えていない。ゾラに会いたいだけで、会ってどうするかも何ひとつ考えていない。……無益な行動を何度も取って、馬鹿みたい。
 疎遠になった仲間と再び相まみえて、新しいつながりに幸せを感じて、とても満たされているはずなのに、まだ足りない欲張りな人間だ。
 プリムラに聞いてみたら何か分かるだろうか。違う、彼女に聞いても意味がない。ゾラはゾラ、プリムラはプリムラだ。プリムラが自分の道を探そうと模索しているのに、そこに横槍を入れてはいけない。
 ――あとはゾラだけなのに。
 個性派揃いのあたしたちを引っ張ってくれた、謎多きお姉さん。いっそのこと、ゾラを嫌いになってしまえばこんな想いを抱かずに済むのに、あたしは彼女のことをいまだに信じている。
 この悶々とした気持ちを払拭できるのはゾラだけだ。でも、そのゾラはもういない。独りで解決しなきゃいけない。……そんなの、できる訳ない。完全に詰みの状態だ。
 このどうしようもない感情は、墓場まで持っていくことになるだろう。大人になれば変われるのかな。この想いが変質するとすれば、それはどんな感情になるのだろう。
 諦めか、恨みか、ろくでもないものになりそうな気がする。今度はあたしが、シュウと対立することになるかもしれない。理想に限りなく近い現実が用意されているのに、それを壊したくはない。
 ただ会いたいだけなのに、神様は意地悪だ。前世で大罪を犯したのだろうか。それとも、あたしがしてきたことに対しての罰なのか。
 ――あたしはわがままですか?

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