※クルックの両親かなり捏造。
※死ネタ。
アニメ版ブルードラゴン。二期後。
クルック、シュウ、ロギ、アンドロポフ。
一度は逃げた場所に戻ってきた。幼い子供を残して。きっと二度と戻ることはない、穏やかで充実した日々。私とあの人の知識と技術を惜しみなくつぎ込んで、一世一代の賭けに出る。
「億が一クルックに届いたら化けて出ようかしら」
「珍しいな、お前がそんなこと言うなんて」
「あら、これでも影の勇者様の話信じてるのよ」
故郷であるルミナスに伝わる伝説の勇者。その勇者を祀っているという遺跡は再び日の目を見ることになるのだろうか。
* * *
『詳しくは話せませんが、これを預かっていただきたいのです』
「…………」
ロギはかつてグランキングダムに所属していたころに受け取ったキューブを手に取る。名も分からぬ女性、凛とした声音とあまりにも澄んだ瞳がロギの印象に強く残っていた。あの場にいるには、あまりにも異質すぎる人間。その女性に会ったのは一度きりだった。
「ロギ様」
「アンドロポフか。入れ」
「はい。書庫の整理をしていたら謎の文書を見つけたのですが……」
クルックの介抱の甲斐もあり、アンドロポフの傷は癒えた。いつまでもクルックの世話になりっぱなしも彼のプライドが許さないということで、ロギの下で主にグランキングダム時代の書物の整理をすることになった。
今後は必要ないであろう文書は処分していく。大抵の物はアンドロポフが考えて区分しているが、ときおり対処に困る文書も紛れ込んでいる。そんなときはロギに相談しに行った。
「どれ?」
「解読に時間がかかった割に、その、内容があまりにも抽象的で」
「ふむ……」
ロギは目を通す。全体の文をひと通り読み終え、ロギは謎のキューブをアンドロポフに見せた。
「平和になったからこそ解ける文、か」
すべてが計算されていた。その観察眼と頭脳に舌を巻く。戦の渦中だと見向きもされないような文書だ。
「アンドロポフ、クルックを呼べるか?」
翡翠色の瞳を持つ少女は、アンドロポフの面倒を見つつ戦の被害に遭った子供たちのお世話をしていたこともあった。今はそれも落ち着いて、月に数回のペースで子供たちの様子を見ている。
「……そうですね。機械は彼女の得意分野です」
後日、アンドロポフに呼ばれたクルックはアンドロポフとともにロギの部屋に入った。クルックは例のキューブを見る。表情が強ばった。しっかりと観察して、口を開く。クルックの声は震えていた。
「っ……すいません、シュウを呼んできても良いですか?」
「シュウ……?」
アンドロポフが怪訝そうに呟く。キューブの謎を解くだけなら、シュウは必要ないはずだ。解読した限りは、力任せに開くような物ではないことが判明している。ブルードラゴンでむりやり開封するとはもても思えない。クルックはまっすぐに二人の目を見た。ロギはわずかに目を丸くする。
「分かった。準備が出来たらいつでも来い」
「ありがとうございます」
クルックは部屋を出た。彼女は大きく深呼吸をする。音信不通の両親が残した数少ない物のなかに、鍵付きの小箱があった。両親から、時が来るまで開けてはいけないと言われていた小箱。その気になれば自力で開けることが出来たかもしれない。それでも、クルックは開けることが出来ずにいた。節目のときに、シュウと一緒に開けると決めていた箱。
クルックはシュウがいる町に向かう。
「クルック、どうした?」
「あれ、クルック?」
クルックはシュウとブーケに会った。気持ちが早り過ぎて、ブーケのことをすっかり忘れていた。クルックは言葉に詰まる。ブーケはクルックの表情をじっと伺うと、クルックの肩を軽く叩いた。
「仕方ないわね。ダーリン貸してあげる」
「ブーケ……ありがとう! って貸しって何よ!」
軽口を言い合い、ブーケはシュウとクルックから離れる。クルックはシュウに詳しいことを告げずにロギとアンドロポフがいる場所へ向かった。
「シュウ、これ、多分あたしの親が作った物」
「なんでこんなところに?」
「あたしの家って物が少なかったでしょ? これ、いつ開けるか悩んだけどきっと今なのよ」
クルックはシュウたちに会う前に、タタの村の家から小さな小箱を持ってきていた。文書を元にキューブを解いていく。そしてついにキューブは開かれた。中に入っていたのは鍵だった。シュウ以外は精巧に作られた鍵だと気づく。シュウだって鍵であることには気がついている。それがクルックの家にあった小箱と関係していることも。
「……いきます」
カチャリと音がした。小箱の中身はへその緒と、二つのロケットペンダントのトップが丁寧に保管されていた。幼いクルックと大人の男女が写っている写真が入っているペンダントトップと、幼いクルックとシュウ、二組の夫婦が写っているペンダントトップの二つ。
『奇跡って起こるのね』
『いやー、言ってみるものだな』
音も気配もなく半透明の男女が現れた。その姿は写真に載っている人たちとよく似ている。
「お母さん、お父さん……」
『クルック、立派に成長して……。シュウ君も男らしくなったわね』
「お、おかげさまで」
クルックとシュウを見るクルックの両親の眼差しは温かい。そして、ロギとアンドロポフのほうへ向く。それとなく両親の雰囲気が変化した。
『ロギ様、あの箱を律儀に保管していただきありがとうございます。……失礼ですが、あなたの名前は』
「おれはアンドロポフです。セルゲイ・アンドロポフ」
『――アンドロポフ中尉、ね』
『お二人ともこのたびは本当にありがとうございます』
クルックもシュウも何も言えない。両親は二人に過去を話してこなかった。その答え合わせが今行われた。ロギはわずかに苦笑する。
「あなたがあのときの女性だったのですね。それともうグランキングダムはありません。あの仕掛け人ならお分かりでしょう」
『あら、それもそうね』
女性は微笑む。表情の一つ一つがクルックと似ている。堅苦しい雰囲気がなくなった。
『……もうそろそろ時間かしら』
「え……?」
クルックは両親に手を伸ばす。しかし、その手は両親に触れることは出来ない。空を掴むだけだった。
『クルック、シュウ君、突然消えてすまない』
『あなたたちと過ごした日々が何よりの宝物よ』