【幼なじみの恋に5題】確かに恋だった 1.大切なただの幼なじみ(熱斗)
あいつが泣いている姿は見たくない。傷つく姿も見たくない。
喧嘩はよくするほうだ。オレだって悪いところはあるけど、メイルちゃんだってほかの人に対してはそんなに怒らないのに。しまいにはお互いのナビに呆れられる始末。
――「だって、」「けど、」オレらの口は止まらない。
でも、オレの心の奥底にある想いは今も昔も変わらない。ネットセイバーとしてロックマンと一緒に戦っているのだって、その想いの延長線上なんだと思う。
ネットセイバーの仕事のせいで学校ですることを押しつけたり、約束を守れなかったり、メイルちゃんはそんな理不尽なこともなんだかんだ受け入れてくれる。オレはそれに甘えていたんだ。
「メイルちゃんごめん。ちょっと急用が入ってさー」
「――分かった。先生には適当に誤魔化しとくから」
「さんきゅ!」
メイルちゃんがどんな表情でオレを見送っているのかなんて分からない。今度は何を奢らされるのだろう。悪いとは思っているので、文句を言いつつ奢っている。メイルちゃんもオレのお財布事情を考慮してぎりぎりを要求する。
オレはネットセイバーとして現場に向かう。まったく怖くないと言えば嘘になる。でも、オレらに向いている分野だ。大事な人たちを守るために、オレとロックマンが出来ること。
2.君が異性に変わってゆく(メイル)
いつからだろう、熱斗が手のかかる幼馴染以上の存在になったのは。
いつからだろう、熱斗との距離を感じ始めたのは。
「桜井、光はまたサボりか?」
「先生、ね――光くんは大事な用事があって……」
「そうか」
先生は不服そうにしつつ、わたしの意見を受け入れる。本来ならこの場にいるはずの熱斗を咎めることもなく、その場を去った。
学校ではわたしもそれなりに優等生を演じているつもりだし、熱斗も小学生の頃よりかは提出物を期限内に出すようになった。
おじさまの血を受け継いでいるのか、学校の勉強はてんでダメだけれど得意分野については先生を超えるんだから。
「(駄目だなぁ)」
突然熱斗の代打を頼まれることにはすっかり慣れた。周りへのごまかし方も。
でも、それが積み重なっていくうちに己の無力さに打ちひしがれる。炎山のようにネットセイバーになって熱斗を支えることは出来ない。渡り合える自信がない。
熱斗に必要とされなくなることが、一番怖い。今ですら一人勝手に怯えている。ただの被害妄想だって笑い飛ばせない。
3.初めての秘密(ロックマン)
ボクとロールちゃんでネットシティを散歩している。またの名を、デートとも言う。
ロールちゃんは熱斗くんとメイルちゃんの喧嘩のことで、少々おかんむりのようだった。オペレーターの話題になってからは、ロールちゃんの独壇場だ。
普段のメイルちゃんなら受け流すようなことが、今回は珍しく癪に障ったらしい。熱斗くん、意地を張って自分の正当性を主張し始めるから始末に負えない。結局、喧嘩に発展してしまう。
近い存在ほど甘えてしまう。縋ってしまう。それがすべて悪だとは思わない。でも、今回は悪い方向に向かっていった。
ボクも熱斗くんのことはあまり言えないから、ひたすら聞き手に徹する。今の状況はデートというか、なんというか……。
「ロックマン、熱斗さんってあいっかわらずニブいのね!」
「確かに……」
「――アナタも、ね」
「え?」
「なんでもない。ねえロックマン、次はどこ行く?」
ネットナビも感情を持っている。本来の目的から逸脱してしまうことのあるそれはバグかもしれない。
ロールちゃんにはロールちゃんの気持ちがあって、それをボクが理解することは不可能だ。
ネットナビがオペレーターにも共有しようとしない秘密を抱えたときに、ボクたちはネットナビとしての機能を全うするのことが出来るのか。
4.近すぎて近付けない(メイル)
「ハァ……」
熱斗と喧嘩した。はじめは些細なことだった。
お互い意地っ張りなところがあるから、引っ込みが付かなくてまだ仲直り出来ないでいる。今頃あいつはネット警察の仕事か、友達と遊んでいるのか。
熱斗がニブいのは今に始まったことではない。昔からの付き合いで、それぐらいは心得ている。それ以上に良いところもあるから惹かれている訳で。
熱斗と喧嘩なんて、数え切れないほどしてきた。こうして妙にこじれることが多くなったのは、いつからだろう。
モヤモヤが収まらず、気分転換をしようとロールが出かけている隙に一人で散歩に出かけた。
あいつの行動パターンもそれなりに理解はしているつもりなので、喧嘩をしてからは熱斗を避けるように生活していた。
「――ッ!!」
注意力が散漫していた。わたしをつけていた車に対して、まったく気にもとめなかった。
横並びになった車に無理矢理乗せられる。突然のことで体が動かない。遠のく意識のなかで、見知らぬ人影がわたしを見て哂っていた……気がする。
「(熱斗、ロール……!!)」
せめてロールがいれば、すぐに連絡を入れることが出来たのに。
5.あの日の約束を今(熱斗)
「なんなんだよ!!」
無性にイライラする。メイルちゃんに、こんなタイミングでメイルちゃんを誘拐した犯人に、そして一番は自分自身に。
憂さ晴らしに壁に拳をぶつけた。掌がずきずきと痛む。こんなときでも痛覚は機能するんだ。
パパや名人さんに居場所を特定してもらって、その場所に向かう準備をする。
誘拐犯は、オレとロックマンがかつて対峙したことのあるやつだった。逆恨み? だったら始めからオレを狙えば良い。
みんながオレを止めようとする。ロールまでも止めようとした。
――メイルちゃんはボクが守る!
昔のオレとは違う。そう思っていたのに。
ネットバトルが強くたって、ネットセイバーとして世界の平和を守っていたって、メイルちゃんを救えないなら意味がない。
視界の片隅に炎山の姿が映った。あいつはいつもの表情を崩さない。その態度も癪に障る。
「熱斗、落ち着け」
「落ち着いてられるかよ!!」
「そうか……」
「――ッ」
乾いた音が響く。少し経って、炎山がオレの頬をはたいたのだと理解した。
ここでちゃんと炎山の顔を見る。ぱっと見はいつもの表情のようにも受け取れるが、炎山なりに腹を立てている。本当のあいつの心情を感じ取り、オレの暴走はひとまず収まった。危うくミイラ取りがミイラになるところだった。
「お前……」
「光博士、名人、現時点で分かる犯人のデータをなるべく詳しく教えてください」
炎山だって、そうなんだ。
メイルちゃんを助けたら、今までと同じようにちゃんと謝ろう。喧嘩の発端を作ったこと、こんなことに巻き込んでしまったこと。それがオレたちの一つの形じゃないか。
今回はどちらかというとオレが悪い。ロックマンとの反省会でちゃんと自省はした。仲直りするはずがまた喧嘩、なんてことはならないはずだ……多分……。
「(とにかく、メイルちゃんは絶対に助ける!)」
メイルちゃんと犯人がいるであろう場所に今から乗り込める程度のデータが集まる。ロールもついて来ることになった。科学省にあったメイルちゃんのPETを受け取って、その地へ向かう。
メイルちゃんに傷一つでもつけてみろ、オレがその落とし前を付けてやる。
「――熱斗?」
「……わーってる」