※死ネタ。
アニメ版ブルードラゴン。二期後。
アンドロポフ視点。
アンドロポフ×クルック。
『soundless voice』
最期までクルックは笑っていた。木の枝から葉が落ちていくごとに、彼女は弱っていく。「春になったら花を見に行こう」、そう言ったのは彼女のほうだった。雪が地面を白く彩った日に、彼女は天に昇る。仲間が駆けつけて、村の人たちも来て、お前が思っている以上にお前を想ってくれている人はたくさんいる。シュウなんてオレやブーケが妬くぐらいにはな。
彼女が弱った原因は不明、シュウたちいわく《影》の能力を発動するときに一番体力を消費していたらしい。その反動が今でも尾を引いてしまったのではないかと。フェニックスの能力からして、敵からの攻撃を一手に引き受けることも多いであろう。テレポートだって誰も彼もが使える能力ではない。フェニックスがいるから発動出来ることであっても、フェニックスはあくまでもクルックの《影》だ。理屈は通る。
「(今日は一段と冷えるな……)」
お前の人生はこれからだったはずだ。《闇》だとか世界の命運だとか、そんな大きな枠組みを外れて生きていく。十字架を背負い続ける生涯だったとしても、出来なかったことを取り戻していく権利はあるはずだ。それなのに、クルックはもういない。オレは二度も大切な人に救われ、その人たちは命を落とす。世界は理不尽で残酷だ。それでも彼らが守ろうとした世界、二人に逢うときまでオレなりに守っていく。
彼女が使っていた部屋に向かう。到底受け入れられなくて、部屋はそのままだ。そのうちに来てくれるかもしれない。そんな淡い幻想を抱く。窓から見える景色はすっかり白くなっていた。彼女は弱音をなかなか吐かなかった。いつも笑って、ときどき驚いたり困った表情を浮かべたり……。彼女自身覚悟を決めたであろう日からは、情けないことにオレが励まされることもあった。
「なんでだよ」
答えてくれる人はいない。
「なんで……だよ……ッ」
理解したくなかった。床に握り拳を落とす。今更涙を流す。これからも彼女のそばにいたかった。オレの知らない世界をもっと教わりたかった。クルックが見る世界をもっと知りたかった。……あぁ、結局オレら恋人止まりだったな。ブーケみたいに積極的にはなれなかった。それがオレとクルックの精一杯だったのかもしれない。お互いに誰かを喪うことが怖くて、今の絶妙な距離感に心地良さすら感じていた。
「二人で花、見るんだろ……?」
独りで見てもそれはただの花でしかない。種類だってクルックほど詳しくはない。強いて言うなら軍にいた頃に薬草や毒草、食用の物を把握していたぐらいか。でもそれはクルックの想像していたものと違う。彼女と見る花は、もっと色づいて見えるはずだ。視界の端に見慣れた茶色の糸が映る。オレはハッとして視線を上げた。
「(クルック!!)」
彼女は優しく微笑むだけ。手を伸ばそうとすると、彼女の幻影は消える。はじめからいなかったかのように。彼女に背に一瞬フェニックスの羽が見えたのは、オレの妄想の産物だろう。冷たくなっていく体、その現象をよく知っている。彼女は眠るような表情を浮かべていた。だからかもしれない、今の今まで受け入れられなかったのは。
今だって完全に受け入れられていない。例えばこれが悪い夢で、目を覚ましたらクルックがフライパンを目覚まし代わりにしていたり。彼女が初めて《影》を発動して眠っていたときに、シュウがそうしたって聞いた。クルックもシュウを起こすときに時おりフライパンを活用していたらしい。オレもそんな伝家の宝刀で起こされるんだ。
――君の声が 聴きたい。