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BleuCiel(別館)

二次創作、時々一次創作置き場。イラストも?

【ブルードラゴン】カーテンコールは誰のため【SS】

続きもの
アニメ版ブルードラゴン。二期数年後。
ゾラ一行、アンドロポフ、ロギ、プリムラ。



 6,カーテンコールは誰のため


 クルックは充分に休養を得て復調し、普段と変わらない生活を送れるようになる。彼女たちはすぐに解散することもなく、施設内でしばらく一緒に過ごしていた。
 ゾラは好奇心の塊で、油断するとどこかに行ってしまう。単独行動はしない、立ち入り禁止の場所には行かない、シュウたちはゾラに対して約束事をしっかりと叩き込む。
 シュウたちのお願いにゾラは反抗することもなく、彼らとの約束事を受け入れる。
 好き勝手に行動はしなくなったが、好奇心は抑えられない。彼女は、隙あらば疑問点をシュウたちにぶつけた。彼らは、答えられる範囲で答えていく。
 あまりにも至福な時間だった。しかし、シュウたちは、このまま同じ場所に居座る訳にもいかない。今の彼らには、各々在るべき場所がある。ゾラの今後を決める、シュウたちによる会議が始まった。
 会議中はアンドロポフやロギがゾラの面倒を見るのだが、お転婆娘に手を焼いたとか。子守りの経験があるアンドロポフは、そのときの感覚を思い出しながらゾラと接する。
 結局今も昔も形は違えど、ゾラに振り回されているロギたちであった。ゾラは持ち前のコミュニケーション能力で、プリムラとも仲良くなる。
 プリムラは今のゾラの存在にどう対応すれば良いか考えあぐねていたが、ゾラはプリムラが悩んでいる理由を知らない。《何も知らない》ゾラにとって、プリムラは物静かな少し年上のお姉さんでしかなかった。
 プリムラの知っているゾラとは違う、おかげでプリムラも割り切ることができた。それからは、同世代の友人として親しくなる。二人は施設にある本を開いて、まだ見ぬ世界に瞳を輝かせたりもした。
「……っていうか、会議の意味ってあった?」
 ブーケが言葉をこぼす。意見の応酬が過激になることもなく、あっさりと決まった。最終的にシュウたちのなかでゾラを安心して預けられるのは、クルックがいる村という結論が出た。
 姿が変わり記憶を失ったとはいえ、《あの》ゾラということは変わらない。勘のいい人は、ピンとくるだろう。憎しみの矛先がゾラに向かうことは、充分にあり得る。
 クルックとアンドロポフが拠点としている村は土地柄ゆえか、比較的情報が伝わりにくいのどかな村だった。アンドロポフがローゼンクロイツの近状を把握できていなかったように、現在も緩やかに時間が流れている。
 クルックもアンドロポフも村になじんでいて、なおかつ信頼も厚い彼女たちが連れてきた子供なら、きっと受け入れられるだろう。
 思う所はあるかもしれない。しかし戦争で多くの成人男性が戦場に向かってしまい、村人の比率は戦力となる人が極端に少ない。
 今のゾラは影使いではない、ただの女の子だ。さらには彼女を擁している人たちが影使いであるならば、下手に手は出さないほうが懸命だろう。そんな、影使いならではの打算もある。
「オレのところでも良かったマロ」
「デビー族のなかにゾラは違和感があるだろ。オレらだって、様子見に行けば良いし」
「そのときはゾラと一緒にごちそう作るわよ。レパートリーも増えたんだから」
「クルック、思ったよりノリノリねー。ゾラに似合いそうな、かわいいお洋服でも持っていこうかなぁ」
「……手ぶらで邪魔する訳にはいかないからな」
 会議というより、同窓会に近い和やかな雰囲気での雑談が繰り広げられている。
 クルックが作るごちそうというワードで、シュウとジーロが一瞬だけ遠い目をしたことには誰も気がついていない。
 クルックだって、成長したのだ。アンドロポフとの同棲生活で、料理の腕は鍛えられた。アンドロポフは何度か犠牲になったが、今では並以上の料理スキルを身につけることができた。
 各々今の環境に甘んじて、長居する訳にはいかない。再び旅立ちのときが近づく。
 姿や立場は違えど、あの頃と同じメンバーで過ごせる貴重な時間を、シュウたちは噛みしめる。昔は、当たり前だと思っていた。しかし、こうして長い時間一緒に過ごすことが奇跡に近いことを、今のシュウたちは知っている。
 建物のなかを縦横無尽に動き回るゾラに対しても、数日後には新しい家に行くことを伝えた。今生の別れではない。ゾラは塞ぎこむこともなく、いつものように生活する。
 ブーケとクルックはプリムラとゾラを引き連れて、買い物に出かけたりもした。
 ブーケが選んだ服を買ったり、クルックが珍しい機械に目を輝かせたりする。プリムラとゾラも、色とりどりの景色を楽しんでいた。……ここぞとばかりに、フリルやレースをふんだんに取り入れた衣装をブーケが《全員分》用意した際には、クルックの表情はわずかにひきつっていたが。
 ――こうして、ついに門出の日が来る。
「プリムラ、手紙書くね! ロギお兄さんもまた遊んでね!」
 ゾラがクルックとアンドロポフの家に行く日、裏庭でプリムラとロギが見送りに出ていた。彼女たちは、側近も護衛もつけずに裏庭にいる。日差しが木陰を生み出す。雨も降らず、絶好の旅立ち日和だ。
 ロギは内心、ゾラと良き文通相手になりそうなプリムラを羨んでいる。今のゾラで一番年が近く、気軽に接しやすいのはプリムラだ。当然、ロギも理解している。
 プリムラはロギのささやかな嫉妬を見抜き、一笑した。神子としての使命を終え、人の子としての道を歩き出したプリムラは表情が豊かになる。ゾラとともに過ごすことによって、感情の引き出しもぐっと増えた。
 ゾラはそんな二人のせめぎ合いを知る由もなく、大きく手を振る。二人は、控えめに振り返した。フェニックスの能力が発動し、一瞬にして人影が消える。にぎやかだった空間に、静けさが戻る。
 プリムラが、ロギの顔をひょいとのぞき込んだ。一瞬ゾラと面影が重なり、ロギは言葉に詰まる。それは遠い昔に見た、不幸な事故に巻き込まれる前のゾラにそっくりだった。
「お手紙、一緒に書きます?」
「じ、時間があったらな」
 プリムラは、いたずらっぽく笑う。ロギはこれから先のことを考え、深いため息をついた。ゾラのお転婆っぷりがプリムラにも移ることは、ロギにとって計算外だ。
 シュウたちはいったんクルックとアンドロポフが住んでいる村の近くまで瞬間移動してもらい、そこから解散することになった。
 ゾラはブーケやマルマロと遊び、シュウとジーロとクルックは少しだけ離れた場所で彼女たちを見守る。
 あまりにも平和な空間に、誰もが温かな表情を浮かべた。ジーロですら、普段よりもなだらかだ。はしゃぎ過ぎたゾラがバランスを崩してつまずくも、泣くこともせずにケロッとする。
 アンドロポフは気を遣って、ひと足先に家に戻った。彼は、三人分の夕食の内容に頭をひねる。さまざまな偶然が重なり合い、奇跡を生んだ。一生で一度しかない日、普通の食事にするのは味気ない。
 家にある食材を確認して、買い足しに出かけるかを含め作戦を練る。それは誰も傷つかないが、浅い考えでは遂行できない任務だった。
「さて、これからどうするかな」
 ロギの下にいたときも参謀として行動することが多かった彼は、知らず知らずのうちに笑みがこぼれる。裏で画策することは、彼の得意分野だ。
 クルックが待ち望んでいた展開に、アンドロポフは水を差すつもりはない。彼に、緊急の任務が課せられる。

「ゾラ、待ちなさーい!」
「待つマロー!」
「二人とも遅いよー!」
 ブーケとマルマロとゾラが、追いかけっこをしている。ゾラは、なかなか追いつけない二人を煽った。ブーケもマルマロもそれなりに動けるほうなのだが、最年少には敵わない。
「――皮肉だな」
「ジーロ、突然どうした?」
「ゾラがしていたことと変わらないなと思ってさ」
「あーな……」
 ジーロはゾラを見て呟き、肩をすくめた。その響きには、若干の棘が含まれる。
 ゾラの弾けるような声と笑顔が、ブーケとマルマロも自然と笑顔にさせた。マルマロがスケベな行為をしようとすると、ブーケの鉄拳が入る。ゾラはマルマロを心配するが、ブーケは自分の正当性を主張する。
 ゾラもマルマロの思惑を理解して、彼を叱った。しかしそれを引きずることもなく、また三人で騒ぎだす。
 ジーロの言葉を聞いたシュウは、苦い顔を浮かべた。端的に言うと、彼の言うことは合っている。
 ジーロが放った言葉の棘は、彼自身に向けて。彼の剣術は、ナイトマスターと互角に戦えるほど上達した。それは、在りし日のゾラを彷彿とさせる。
 太陽の下ではしゃいでいるゾラたちに対して、シュウたちは木の下に集まり陽を避けていた。
 クルックは、微苦笑を浮かべる。彼女の視線の先には、命を懸けて連れ戻した大切な人がいる。ゾラたちが遊んでいる光景は、村にいる子供たちが遊んでいる光景と被った。
「でも、それって当たり前のことなんだと思う。あたしだってこの村の子供たちを戦いに巻き込みたくない、って思いながら面倒見てたもん」
 村の子供たちの面倒を見ていた経験のあるクルックは、ジーロの問いに答える。
 大なり小なり、善か悪か――人によって違うが、誰しも個人の思想を反映させている。クルックは、戦いを厭忌していた。彼女に子供を託した親も、戦争に疲れていた。
 せめてここにいる子供たちには、のどかな日常を謳歌してほしい。それが、ゾラに見守られながら旅をしたクルックの望み。
 村の子供たちがクルックのことを慕ってくれていることは、彼女にとってとても喜ばしいことだった。反面、かつてのゾラとクルックたちの関係と重なり心が痛んだ。
 クルックが子供たちの面倒を見る際に参考にしたのは、紛れもなくゾラだ。最終的には世界を混乱に陥れたたが、クルックがイメージする《大人》は誰がなんと言おうと彼女だった。
 ゾラが直接手を出すことは多くはないが、いざというときには頼りになる。クルックは、自分と同じように子供たちに安心感を与えたかった。ゾラよりも手を差し伸べる回数は多いが、基本的な理念は同じつもりだ。
 クルックや保護者の思惑通り、子供たちはときにぶつかり合いながらものびのびと日々を過ごす。
「思い通りにいかないけどね」
 クルックは軽く瞳を閉じ、村にいる子供たちを思い浮かべる。
 レジスタンスのひとりだと名乗る女性が村に押しかけた日、村人はあまりにも無力だった。アンドロポフとクルックが囮となり村から遠ざけたものの、病み上がりの影使いひとりでは、まともに対抗できなかった。
 フェニックスが復活していなければ、彼女がもっとも恐れる展開になっていたかもしれない。その日は村の子供たちにとって、大きな転換点となる。
 子供たちは知見を得るなかで、かつてのクルックたちもそうであったように、ただ守られるだけではなく誰かを守れるだけの力を身につけたがる。大切なものを守るため、アンドロポフに戦う術を乞う子もいた。
 クルックは子供たちの気持ちが痛いほど分かり、それを止めることはできない。クルックが初めて《影》を発動したときも、壊滅寸前のパーティーを護るためだった。
 彼女も、ただ単にアンドロポフと穏やかな村の暮らしを謳歌していた訳ではない。心のどこかでいつか終わりが来るだろうと、覚悟はしていた。
「あたしもアンドロポフも、戦いから離れすぎた。あの子たちに合う戦い方を充分に教えられない。……シュウ、ジーロ、もしものときは子供たちに稽古をつけてくれない?」
「クルック、お前……」
「シュウはともかく、おれの指導は厳しいぞ?」
「おい、ともかくってなんだよ!」
 今のクルックとアンドロポフには、なかなかできないこと。ジーロの発言にシュウは唇を尖らし、彼に刃向かう。しまいには、どちらが優れているか決着をつけるために組手を始める。
 旅をしていたときも、二人はよくぶつかっていた。
 さすがに《影》を出して戦い始めたら仲裁に入ろうとしていたクルックは、肉体語源で語り始めた二人を放置する。先ほどの論争はどこへやら、彼らはすっかり興に乗じている。
 彼女は多方面から聞こえるにぎやかな声をBGMの代わりにして、過去と未来に思い巡らす。
 この数年間で、彼女も考えが変わる。――いや、心の奥底ではとうの昔に理解していた。どうしようもない現実から、目を背けていただけだった。いつなんどき、何者かが害を与えてくるか分からない。
 彼女が望む世界は、今の世界の仕組みだとどこかで破綻してしまう。それこそ、一度世界を消してしまわない限りは。
 自分の目で改めて見た世界は、至るところに傷跡が残っていた。それは、グランキングダムがあった時代にさかのぼることもある。軍人としてのアンドロポフのことを、知っている人もいた。
 とある町で出会った人は、軍に所属していたころの彼しか知らない。当然敵対視するが、ローゼンクロイツさえ抜けていると知ってからは、嫌悪感を露わにさせるだけで済んだ。
 今がどんな姿であろうとも、当時の感情がすぐに消えるとは限らない。目を背けてきた現実の数々が、容赦なく彼女に突き刺さる。
 有事があった際にアンドロポフもクルックもいないとなると、村の防衛機能はだいぶ心もとない。影使いである二人は、村の貴重な戦力でもある。クルックもアンドロポフも、己の《影》とともに戦う戦法が主だった。
 それ以外にも、戦う武器はいくらでもある。ミノタウロスを失ったジーロや、《影》を持たないコンラッドが剣を用いて戦うように、装甲で覆われた戦車で戦うように、また、道端に落ちている石ころでも武器になり得る。
 自然もときに敵となり、疫病もまったく起きない訳ではない。何か起きたら、その際の対処法は――考えはじめたらきりがない。
 クルックは、拳を強く握る。爪が皮膚に食い込んだ。痛覚が、彼女を我に返す。目の前の景色は、相変わらず平和だ。これ以上考えても、仕方ない。未来は、誰にも分からないのだから。
 彼女は、ゾラたちのところへ駆け出す。今だけは嫌なことをすべて忘れて、仲間とたわむれる。拳で語り合っていた男二人も、クルックがそばにいないことにようやく気がつき、ゾラたちの輪に加わった。
 木陰で眺めている者は、ひとりもいなくなる。そして、別れの時間が刻一刻と近づく。
「お兄ちゃんたちとも、さよならしちゃうの?」
「ごめんなゾラ。オレらもすることがあるんだ」
「安心して、ワタシたちゾラのことだーいすきだから!」
「クルックとアンドロポフのことを頼むマロ」
「ん? ちょっとマルマロ!?」
「……また来る」
 空の色が変わる前に、シュウたちはそれぞれの道へ進む。ロギとプリムラのときには笑顔で別れたゾラも二度目ともなると。父親を喪ったときの哀しみがよみがえり表情を曇らせる。
 今の世界情勢を完全に把握できていないゾラでも、彼らの生きる道が平坦ではないことを察していた。目の前の人たちも父親と同じ目に遭うかもしれない、ロギたちの前では抑えられていた不安が、ゾラの心を満たす。
 そんな彼女に面々は思い思いの言葉を伝え(クルックはマルマロに対してツッコミを入れていたが)、無垢な少女を安心させようとした。ゾラは真剣な面持ちで、シュウたちに小指を出す。
 先ほどまでいた建物で過ごしていたとき、勝手に行動しないと指切りをした。父親と約束をする際に何度か指切りをしていたので、ゾラも指切りの意味は分かる。約束を破ると、恐ろしいことが起こる。だから、絶対に指切りした約束は守ること。それを、ゾラはシュウたちに求めた。
「…………」
「「「…………」」」
 指切りを待つゾラの前で、シュウたちは二の足を踏む。彼らにとって、それはとても難しい誓約だということを理解しているから。
 ゾラは、意地でも小指を戻そうとしない。彼女の鋭い視線に対して、シュウたちは見て見ぬふりができずにいる。
 長い間が生まれたのちに、シュウは覚悟を決めた。ゾラと視線を合わせ、小指を差し出す。
「絶対にわたしたちに会いに来て」
「あぁ、分かった」
 それは今のゾラができる、精一杯の《呪い》だった。
 彼女と直接指切りをしていない人にも通用する約束。ひと仕事を終えた彼女は、満足げだった。
「みんな、またね~!」
 約束をしたゾラは、笑顔でみんなを見送る。みんなを見送ったクルックとゾラは、帰路へ着く。日はまだ落ちていない。二人は、自然と手をつないでいた。その姿は、まるで仲の良い姉妹のようだ。
 ゾラは、ブーケとマルマロと遊んでいたときのことを話す。しぐさや表情も交えながら話すゾラに対し、返事をするクルックの声音も自然と高くなる。
 ゾラの絹のようなストレートは、ブーケの手によってサイドテールにヘアアレンジされていた。
 ブーケのツインテールとクルックのポニーテールを融合させた姿は、幼いゾラによく似合う。彼女が動くたびに、束ねた髪の毛も弾むように揺れる。
 髪を下ろしたままでも気にするそぶりを見せなかったが、一ヶ所にまとめてあるとそれなりに動きやすいらしい。それに、クルックやブーケとおそろいの髪型になりゾラは上機嫌だ。
「こんにちは!」
「あらこんにちは。元気のいい子ね」
「今日から一緒に住むことにしたんです。……突然でごめんなさい」
「いいのいいの。クルック先生のお手伝いしっかりするのよ?」
「はーい」
 すれ違った村人に挨拶をしつつ、ゾラの新しい住み家にたどり着く。ゾラは村人に対して臆することもなく、挨拶をした。太陽のような明るい表情を浮かべるゾラと接し、村人もつられて笑顔になる。見知らぬ子供について、村人は深く触れなかった。
 クルックが嬉しそうにしているのならば、今は問いただすときではない。先に家に帰ったアンドロポフも、いつもより表情が柔らかかった。今までで一番良い表情を浮かべていたのではないか、とすれ違った村人は思う。
 ゾラは、家の前で並んでいる草花に興味を持つ。花壇に植えている草花を、じっくりと眺めた。先ほどまでいた施設の造園とは、趣きが違う。
 クルックは特に急かすこともなく、彼女が行動を起こすのを待つ。時間はまだあるのだから。ゾラはひとしきり草花を眺めると、とある花を指してクルックに問う。
「お姉ちゃん、この花は何?」
「この花が気になるの?」
「うん。星みたいで奇麗だから」
「(……ちょっとだけ、ちょっとだけ思い上がってもいいかな)」
 ゾラが特に興味を示したのは、まるで星がちりばめられたような、ペンタスという花だった。
 クルックがロジックの街に出かけた際に買った、大衆向けの植物図鑑に載っていた植物だ。姿かたちや花言葉、育て方も一気に確認してから、後日さっそく苗を購入した。
 普段はアンドロポフに前もって買うことを告げてから、苗や種を購入する。しかしペンタスに関してはクルックの一目惚れに近い形で気に入り、アンドロポフに告げることもせず、駆け足で購入の段階まで踏み切った。
 比較的初心者でも育てやすい花だったこともあり、枯れることもなく無事に満開の花を咲かせている。クルックは、ペンタスの花にそっと触れた。
「(――あたしの願い、叶ったよ)」
「お姉ちゃん、おうちに帰ろう」
「そんなに慌てなくても、どこにも行かないって」
「(でも、お姉ちゃんはいつでも遠くに行けちゃうもん)」
 ゾラはクルックが自分のそばから離れないように、小さな手でクルックの手を握った。フェニックスを介して瞬間移動能力が使える以上、それは無意味な抵抗だろう。
 それでも、ゾラは自らの存在を伝えた。それだけでクルックにとっては、何よりの抑止力になる。
お互いに顔を見合わせ、自然と笑みが浮かんだ。二人は、わが家に帰る。待ってくれている人がいる、温かな空間。アンドロポフ渾身の手料理の品々が、彼女らの鼻孔をくすぐる。
「「ただいま!」」
「おかえり」


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