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BleuCiel(別館)

二次創作、時々一次創作置き場。イラストも?

【ブルードラゴン】星の花【SS】

続きもの
アニメ版ブルードラゴン。二期数年後。
ゾラ一行、アンドロポフ、ロギ、プリムラ、コンラッド。



 5,星の花


「――……っ。……ぞ、ゾラ!?」
「あ、お姉ちゃん!」
 クルックが目を覚ますと、目の前にゾラがいた。しかし、彼女の背丈はクルックよりぐんと低い。今のゾラは、旅をしていた当時のクルックたちよりひと回りほど幼いまである。
 ゾラはクルックが目覚めたことを確認すると、パッと顔を綻ばせる。フェニックスが瞬間移動する直前までは、確かに彼女たちが良く知っているゾラだった。
 みんなに知らせてくる――と言い、勢い良く駆け出す幼いゾラ。彼女の銀糸が、軽やかに揺れた。ゾラが着ている月白色のワンピースが、ひらひらとはためく。
 ローゼンクロイツと白の旅団が中心に使っている建物は、アンドロポフの職場でもあり、クルックも時おり利用していた。
 普段は触れることのない機械が豊富に常置され、設備も整っている。なかには、取り扱いが難しい機械も存置している。彼女にとって、本と学問の街ロジックと並ぶ宝の山だ。
 今まで日帰りだったため、こうして泊まることは初めてだった。見慣れない姿のゾラ、見慣れた場所での慣れない目覚め、現実のなかに潜むあまりにも現実離れした光景に、クルックは思わず自分の頬をつねる。
「(痛っ)」
 クルックの体は、現実だと伝える。彼女はゆっくりと起き上がり、窓の外を見た。太陽が、彼女のいる部屋を照らす。彼女は久方ぶりに浴びる太陽光に、思わず目を細めた。
 ついさっきまで陽の光が当たらない場所にいたからなのか、突然の日光に目が慣れていない。彼女は、徐々に目を慣らしていく。
 複数人の慌ただしい足音が聞こえた。ゾラが、シュウたちを引き連れてくる。シュウは一目散にクルックの元へ向かい、彼女を抱きしめた。
「クルック!!」
「……相変わらずね」
「(な……ッ)」
 アンドロポフはあ然とする。うっかり影を発動しなかっただけ、彼も成長したのだろうか。一方のブーケは動揺することもなく、クルックが目を覚ましたことに安堵する。
 クルックが初めて影を発動したときのことを思いだしたのは、シュウだけではない。誰よりも不安だったであろうシュウは、他人にその不安をぶつけることなどせずに気丈に振る舞っていた。
 クルックは、ただ眠っているだけ。瞬間移動で体力をたくさん消費したから、ほかの人より多く休憩を取っているだけのこと。そう分かっていても、彼女が目を覚ますまでは皆がそわそわする。
 幼いゾラも、眠り続けているクルックのことを心配していた。定期的にゾラは眠っているクルックの手を握り、本当に眠っているだけか確認をする。そうして生きていることを確認しても、完全に不安は払拭できはしない。
「クルック、やったな!!」
「シュウ、あたしたちやったの?」
「あぁ!!」
「お兄ちゃんずるい! わたしもするー!」
「そっかそっかー。それっ」
 ゾラは、不服そうに頬を膨らませる。シュウはひょいとゾラを持ち上げ、ゾラとクルックはしっかりと目を合わせた。ゾラは、クルックに抱き着く。クルックも、ゾラをしっかりと受けとめた。
 幼いゾラは、クルックのぬくもりを全身で感じる。ゾラは相好を崩し、クルックを見上げた。
 今のゾラは、父親を目の前で喪った記憶で止まっている。
 クルックが眠り続けているあいだに、シュウたちはゾラに今の状況を簡単に伝えた。グランキングダムはもうないこと、ゾラを保護したシュウたちはじめ、さまざまな立場の人が世界が平和になるように模索していること。
 世界に絶望するゾラに対してキラーバットの救いの手は差し伸ばされず、代わりにシュウたちがいた。
 クルックが、この場にいる皆がリスクを負ってでも取り戻したかった人は、予想と違う姿で戻ってきた。聞きたいことは、聞けそうにない。それでも、クルックはゾラが戻ってきた事実に満足した。
「お姉ちゃん、悲しいの?」
「え? あ、あれ……ほんとだ、泣いてる……」
「お姉ちゃん……?」
「そんな顔しないで。これは嬉し泣きだから。ゾラがここにいることが嬉しくて。だからゾラは泣かないで、……ね?」
 笑顔から一転、ゾラは今にも泣きそうな顔を浮かべる。クルックは、ゾラの指摘で涙を流していることを把握した。
 クルックが知っているゾラは、こんなまっすぐに感情を他人に晒そうとはしない。彼女が覚えているゾラの背中は頼もしくて、そして人を寄せつけない冷たさも兼ね備えていた。
 今の幼いゾラは、旅をしていたときの自分たちを見ているようだ。守られていることを理解しているからこそ、ゾラは自身の感情を隠すことはない。
 クルックは今のゾラがどんな状態であるか把握できかねているが、村にいる子供たちの姿と重なり、彼女はゾラをしっかりと包み込んだ。言葉は必要ない。
 ゾラも、クルックの気持ちをしっかりと受け止める。お互いにお互いを必要とした。孤独に膝を抱えている少女も、幻を追いかけ続けた少女も、ここにはもういない。
『(――ひとりは寂しいよ)』
 独りぼっちになったゾラが最初に見たのは、ゾラと旅をしていた頃のシュウたちの姿だった。ゾラは、父親と死に別れたときの年齢に戻っている。
 シュウがゾラに手を伸ばし、ゾラはすがるように彼の手を掴む。それを見たクルックは、瞳を閉じる。クルックの影は実体を持ち、大きな火の鳥となった。フェニックスはみんなを包み込み、大きく羽ばたいた。再び目を開いた彼女の瞳は、緋色に輝く。
 空っぽになったゾラに宿ったのは、仲間から与えられた希望という名の光。ゾラがシュウに手を伸ばす際に背にあった感触は、きっと父親としての最期の仕事だった。

 一方、はるか遠く離れた空の上では、ノイがシュウたちを見守っていた。手出しはしないが、気になってしまうものはしょうがない。上位生命体である彼らにだって、感情はある。
「…………」
 ロッタレースも気になるのか、時おりシュウたち――特にブーケの様子を横目に見ていた。最終的に、彼女も人間に肩入れした側だ。
 わずかに生き残った上位生命体は、再び地上に降りることはせず日々を過ごしていた。地上の者に、試練を与えることはもうない。
 ゾラが幼くなったのはノイを以てしてもも想定外だったが、シュウたちの手助けもあり、うまくなじめているようで安堵する。ノイはせわしない人間の一端を垣間見て、口角を上げた。試練を経た今でも、彼らは彼らだった。
 ノイが直接見ることのできなかった人たちの一面もうかがうことができて、少しだけ名残惜しくなる。仲間内に見せる年相応の一面は、彼らもまだまだ子供だということを再認識させた。
「(まったく、にぎやかなやつらだ)」
 ノイは、クルックと別れる前の出来事を想起する。
 じかに彼の忠告を受けたクルックは、特に驚くことはなかった。二人は言葉を交わし、どこか和やかな雰囲気が流れる。命を落とすかもしれないと脅されても、クルックは取り乱さない。
 試練のときに会ったときは状況が状況だったので、こうして一対一で落ち着いて話すことはなかった。
 シュウたちのことも話し、談笑する。当時は切羽詰まっていても、終わってしまえば笑い話へと昇華できることも多い。
 シュウとブーケとマルマロ、クルックとしては、彼らだけでは不安な旅路も、ノイがいることでパーティーが締まる。ジーロもクルックも不在のなかで、ノイは頼れる仲間だった。
『ノイ、シュウたちの面倒を見てくれてありがとう。あとは、こうしてゾラに会うチャンスをくれて。本当に感謝してる』
『突然どうした?』
『だって、もうあたしと会うつもりはないんでしょう? だったらお礼ぐらいさせてよ』
 クルックは微笑みながら、ノイに手を伸ばす。彼女も、上位生命体と人間の寿命の差は理解している。そして、上位生命体は本来なら交わるべき存在ではないことも。
 ノイは、表情をわずかに崩した。面と向かって素直に感謝されて、何も思わない訳がない。
 シュウたちとの旅を終え、ノイははたと思う。
 シュウの二度目の旅にクルックが同行せず、ブーケがともに行動したのは意味があったのかもしれないと。それは上位生命体ですら見えていなかった、何かの力が働いたのではないかと。……いまさら考えてもしょうがないが。
 ――ぼくの考えなどお見通しという訳か。
『このぐらいお安い御用だ』
 ノイは、クルックの華奢な手を握った。そして、彼女も夢の世界から離れる。こうして、二人の邂逅は終わった。実際に会った回数は片手で数えきれるほどだったが、ノイという存在が、クルックにもたらした影響は大きい。
 しばし回想にふけっていたノイは、下界に意識を向ける。ゾラに振り回されるシュウたちは、困惑しつつも実に生き生きとしていた。ロギもプリムラも、もれなく巻き込まれる。
 ロギの側近であり、あまり事情を知らないマチルダが仏頂面になるのはご愛嬌。まるで小姑のようなマチルダを、ロギは窘める。
 マチルダもゾラの正体に薄々勘づいているが、ロギが何も言わないので側近である彼女も警戒はするが必要以上に探りは入れない。
「(……もう後戻りはできないぞ)」
 リスクを負ってまで手に入れた、彼女たちの幸せ。その幸せは、誰かの不幸にもなる。ノイは観察をやめた。もう、彼のサポートは必要ない。再会することがないことを祈り、ノイは彼自身の仲間のところに戻る。
 ゾラの判断が遅ければ、シュウたちが中途半端に諦めたら、彼らも亡者の仲間入りをしていた。そんな、土俵際の戦いだった。石門から伸びる手は、死してなお生を求めるモノの思念の塊。
 知らないモノの魂もまとめて瞬間移動するには、クルックの体力が圧倒的に足りなかった。知らない人たちのために、やっとの思いで掴んだ自らの幸せを棒に振るほど、クルックもお人好しではない。
 下界のにぎやかな喧騒は、天界にいる仲間への便りか。ロッタレースもその声を聞いて、まとっている雰囲気がどこか柔らかくなる。

 シュウからの連絡を受け、コンラッドはゾラがいる場所へ向かう。彼はいつもと変わらない表情を心がけつつも、ついつい口角が緩む。
「(シュウたちは凄いな)」
 コンラッドは、ゾラのことを諦めていた。シュウたちから事の概要を聞き、彼女が消滅したことは仕方ないと割り切っていた。シュウたちは今彼らがすべきことをしつつも、仲間を取り戻したのだ。コンラッドは、彼らの意志に感心した。
 二度の大戦がようやく落ち着き、ネネの手によって壊滅したジブラル国を再建するために、コンラッドはレゴラスとともに行動を起こす。
 コンラッドもシュウたちもお互いに忙しく、彼らにも当分会えなかった。彼は、親戚の子供に会いに行くような気持ちで目的地へと歩みを進める。コンラッド個人としては、ゾラが戻ってきたことは朗報だった。
 ネネの要塞から放たれた一撃で、王を含め多くの命が無慈悲に失われた。家族もろとも、また戦場からの帰りを待つ者、命を平等に奪い取る。戦場に出ていた兵士の一部は、その事実に心を病む者もいた。
 コンラッドはその者たちを咎めることは一切せず、なるべく戦闘から遠ざけようと努めた。コンラッドができることは限られていたが、それでも彼に救われた者もいる。
 療養期間を経て、再びコンラッドのもとに集まった者もいた。戦に出るためではなく、故郷を再興するために。かつての栄華を再現することは難しくても、人が集い故郷となる。
 新しい姿のジブラル国が、誕生しようとしていた。
 コンラッドはゾラがいる場――、ローゼンクロイツと白の旅団が共同で使っている施設に単身で現れる。かつて敵対していた者同士、コンラッドの存在を快く思わない者がいることも事実だ。
 コンラッドは日頃肌身離さず持ち歩いている大剣を、ロギに預けた。彼なりに考えた、今回の目的を分かりやすく示す方法だった。その行動を意味を理解した多くの者は、彼をひとりの客として拠点に上げる。
 コンラッドは姿勢を低くし、ゾラに視線を合わせる。幼くなったゾラは、コンラッドを見て首をかしげた。彼に対して、恐怖心は抱いていない。
 コンラッドのことは、シュウたちがゾラに伝えてある。コンラッドは幼いゾラを威圧させないように、なるべく柔和な笑みを浮かべてゾラに挨拶する。
 ゾラが子供の姿になって戻ってきた――と、シュウから知らせを聞いたときは驚いた。
 いざ出会ってみれば雰囲気は大幅に変わっているが、ゾラはゾラだった。空色の瞳は、青空とよく映える。
「――ゾラ、はじめまして」
「はじめまして。お兄さんが、シュウお兄ちゃんが言ってたコンラッドさん?」
「そうだ。よろしくお願いします、ゾラ」
「お願いします」
 ゾラは、ぺこりとお辞儀をした。コンラッドも、彼女に対してお辞儀を返す。お辞儀をする彼女の姿はどちらかというとあの頃のシュウたちのようで、コンラッドは目を細める。
 シュウたちにさぞかしかわいがられているだろうと、コンラッドは微笑ましく思いながらゾラのあどけない姿を正視した。ゾラもまた、コンラッドにとっては守りたい者のひとりだ。
 以前のゾラは、ずっと先を見据えていた。コンラッドの守護も、真の意味では必要としない。彼は同じ轍は踏まないと覚悟を決めながら、再び彼女と向き合う。
 コンラッドの心境を知り得ないゾラは、彼の背中をじーっと凝視する。ゾラの熱い視線の先は、普段コンラッドが大剣をしまっている場所だった。
「剣は持ってないの?」
「今日は君に会いに来たんだ。剣は必要ないだろう?」
「そっか」
 ゾラは、素直に納得する。シュウたちから聞いていた大剣を見てみたかったのだが、大の大人にそう言われると、実際に触れてみたかったとは言えない。
 彼女が興味を抱く範囲は、幅広い。肝が据わっており、内側に秘めているだけでは終わらない。
 コンラッドはゾラの気持ちをくみ取り、彼女と口約をする。今回は場所が場所だけに一時的に手元から離したのであって、彼女が怯えないのなら、むしろ手元にあるほうがコンラッドとしてもしっくりくる。
「(ゾラが興味を持っていると言えば、次からは大丈夫だろう)」
 剣はコンラッドがナイトマスターである自分を象徴する道具であり、一種のお守りのようなものだ。鞘を抜くことがないように、万が一のときには誰かを護れるように。
「今度はちゃんと持ってくるよ」
「……本当に!?」
「あぁ」
 コンラッドは頷く。ゾラの瞳が輝いた。ありがとうございますと、元気のいいお礼を言う。
 他人を斬るためではなく、純粋にどれほどの大きさの剣を持っているかが彼女は気になっていた。
 なんせシュウやマルマロが、大剣のなかでもとても大きいなんて言うのだから。それに加えて無口なジーロですらわずかに熱を帯びて話す様は、ゾラの興味をそそるに充分な材料だ。
 それでいてコンラッドは大きな剣に振り回されずに巧みに操っていることを聞いたものだから、その姿を拝みたくてひそかにそわそわしていた。
 クルックとブーケはそんな男たちに少々あきれながらも、ゾラの好奇心を否定することはしない。
 あくまでも、ゲストとして扱われているコンラッドの行動範囲は狭い。それでもゾラは飽きもせずコンラッドと会話をしたり、肩車をしてもらったり、シュウたちではできないことも含めて存分に遊んでもらった。
 ゾラの記憶や知識は、ところどころで欠けている。まず今のゾラの年と、彼女が父親を喪った年が微妙にズレている。そのズレをズレとしてゾラは認識していない。おかげで、ゾラのなかの違和感が薄くなっているのだが。その穴を埋めるかのように、彼女はさまざまなことに興味を抱く。
 コンラッドと別れるとき、背負っていた大剣を見て目を丸くしていた。今のゾラの腕力では持つこそすら難しい大剣を、コンラッドはなんなく背負っている。
 ゾラは、ふっとシュウたちを見た。コンラッドが持っている大剣に、似合いそうな人はいない、――ゾラはそう結論づけた。


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