忍者ブログ

BleuCiel(別館)

二次創作、時々一次創作置き場。イラストも?

【ブルードラゴン】星の欠片【SS】

続きもの
アニメ版ブルードラゴン。二期数年後。
クルック、シュウ、ジーロ、ブーケ、マルマロ、ゾラ。



 4,星の欠片


 シュウたちが瞬間移動で向かった先は、面妖な空間だった。陽の入らない、薄暗く物寂しい場所。星影がシュウたちにとって貴重な明かりとなる。地面はどこか封印の地に近い。ただ、闇のなかにいるような冷たさはない。
 ゾラは、独りで立ち尽くしていた。かすかな光が彼女の銀色の髪を反射させ、幽暗な空間できらめく。その瀟洒な立ち姿は、どこか儚い。
 ゾラはシュウたちの気配を察し、振り返る。彼女に敵意はなく、キラーバットも召喚しない。しかしシュウたちの心境とは裏腹に、ゾラは歩み寄るそぶりも見せない。
 成長した彼らの姿をしかと目に焼き付けたゾラは、わずかに微笑むだけだった。ゾラとしては、例え幻覚であっても充分過ぎる幸せが目の前で起きた。それは彼女にとっての幸福であり、罰でもある。
 本来シュウたちが来るはずのない場所に、彼らは立っている。彼らがゾラの元へ行こうとしたとき、それを阻止するかのようにモンスターが湧く。――戦闘の合図だ。
 各自、《影》を発動させる。ブーケはさらに戦闘力を持つモノに変身し、不器用ながら彼女なりに戦っていた。ブーケもヒポポタマスも戦闘能力はからっきしと公言するだけあって、その動きは非常にぎこちない。
 敵のなかには、シュウたちが見たことのないモンスターもいる。
 ゾラはシュウたちと一緒にいる資格がないと言わんばかりに、彼らからそっと離れる。敵は、無防備なゾラを攻撃しようとはしない。
 モンスターのほかにも、人間が現れた。攻撃はしてこないが、シュウたちの攻撃を快く思っていないことが、表情から容易に読み取れる。そして、影使いの兵士も現れた。
 影使いは、《影》でシュウたちに攻撃を仕掛ける。いわゆる量産型の人工《影》なので、人間に使役するだけの武器のような存在だ。兵士は、武器をシュウたちに向けた。
 攻撃はシュウたちに対して充分な殺傷能力を持っているのに、それらに攻撃をすると霧のように消えてしまう。敵は無尽蔵に現れ、非戦闘員の視線は冷たい。
 シュウたちは動揺しつつも、ただひとつの目的のために戦う。それでも、文句を言わずにはいられない。
「もうなんなのよこれ〜! ゾラは距離取っちゃうし、数も多すぎ!」
「ゾラに会いたいだけなのに、オレたちが悪者みたいマロ!」
「ゾラを連れ戻すには覚悟が必要ってか。マルマロ、ダークヒーローもかっこいいと思うぜ」
「……マロ!」
 シュウはマルマロを焚きつけ、それを受けた彼はニヤリと白い歯を見せる。幻覚のようなモノだと認識していることもあるが、昔のシュウやマルマロではできないような言葉の応報だった。
 人間は《闇》を解放して世界を混乱に陥れたゾラを、そんな罪人であるゾラを解放しようとするシュウたちを責める。モンスターもそんな人間に呼応するかのように、シュウたちに攻撃を放ち続けた。
 敵自体は、そこまで強くはない。気を緩めなければ、確実に倒せるような敵がほとんどだった。
 ただ、敵の数が多い。倒しても倒しても数が減る気配はしない。倒しては増え、倒しては増え、モンスターは蛇口から出る水のようにとめどなく出現する。兵士の数も減っているようには見えない。
 ついさっきまで静寂に包まれていた空間は、お互いの思惑がぶつかる戦場へと化した。
「……ふん、にぎやかだな」
「らしくていいじゃない。それにしても、本当に多いわね」
「久しぶりにミノタウロスと暴れられるってことだな」
『頼んだぜ相棒!』
「あぁ!」
「もう、シュウもジーロも……今度組み手でもしたら!」
 ジーロとクルックも周囲を警戒しつつ、お互いに軽口を叩き合う。二人とも、にぎやかな戦闘に懐古する。昔と違う点は、ただひとりのためだけに、大勢の敵を倒すということか。
 ゾラは歩きだす。そして彼女は、鳥居のような形状をした石門の前で立ち止まった。
 クルックはみんなをまとめて瞬間移動するために、ゾラをクルックの間合いまで引き込みたいのだが、いかんせん物量の多さに圧倒されている。近くにいるのに届かない、いつか見た月のようだった。
 もどかしさを感じつつ、敵を倒していく。敵を倒していくも、無制限に湧き出る敵が進路を塞ぐ。そのせいで、ゾラとの距離はなかなか縮まりそうにない。
 ゾラはつかみどころのない人だったが、それを如実に表しているかのようだった。
 それでも、クルックは諦めない。以前の彼女なら、諦めていたかもしれない。しかし今の彼女は違う。ときには仲間の核にもなった幼馴染のように、前を向く。やっと、出口の見えない迷路から抜け出す千載一遇のチャンスを得たのだ。
 アンドロポフの言葉が、クルックの脳内に再生される。
『――おれの心のなかには、みんながちゃんといる。クルックの心のなかにゾラはいるのか?』
「…………、あたし、は」
 アンドロポフの問いに、クルックは答えることができなかった。かつてロギに問われたときのように、彼女は言葉を詰まらせる。アンドロポフのように、自信をもって「いる」と言い切ることができない。だからこそクルックは誰にも告げずに、ゾラと別れた封印の地を幾度も訪れた。
 ゾラとの思い出は潤沢にあっても、それ以上のものは今のクルックにはない。
 捜し求めていたゾラが戻ってくるかもしれない、夢のなかでノイからそう告げられたときに見えた光と同時に彼女の脳内で思い浮かんだのは、同棲しているアンドロポフのことだ。
 アンドロポフは《闇》との激闘の末に、ただでさえすっかり数が減っていた仲間を失った。クルックは、自分だけがこのチャンスに飛び込んで良いのか、分からなかった。
 直接アンドロポフに聞いたときに彼から問われた言葉は、クルックの背中を力強く押す。
 彼女はたたんでいた羽を伸ばし、籠のなかから羽ばたいていく。
 今度アンドロポフに同じことを聞かれたときには、彼に胸を張って答えることができるように。そのときは隣にゾラがいるように、クルックは動きだす。彼女はゾラから視線を外そうとしない。
「あのときからずっとゾラだけがいないの!! ――ゾラ、戻ってきなさいよ!!」
 クルックは、心の底から呼号する。聞き分けのない子供のように。それが、彼女の答えだった。
 ゾラは、彼女たちを悲哀に満ちた瞳で見つめている。今の彼女には、何もない。彼女たちを利用する理由も、敵対する理由も。
 ゾラの今の表情は、旅をしている最中に見ることができなかった。彼女はシュウたちの前から、忽然と姿を消した。クルックは、そしてほかの仲間もゾラの真意が分からぬまま、時計の針だけが進んでいく。
 クルックのなかにある自責の念は消えず、褪せない感情として積もっていく。アンドロポフのなかにいるシュナイダーたちのように、クルックの心のなかにゾラはいない。
 それはクルックだけではなく、シュウたちも少なからず持ち合わせている所懐だった。
 今シュウたちがしていることは、世界を救うためでもなんでもない。むしろ、ようやく訪れた世界の秩序を乱してしまうかもしれないことだ。
 彼らは、世界より仲間を取った。ぽっかりと空いた穴を埋める、シュウたちによるシュウたちのための戦い。そんな一部の人の勝手は断じて許さないと、敵は攻撃の手を緩めない。
 クルックがフェニックスを呼び出して使用できる瞬間移動は、ブーケのように何度も使うことができず、使いすぎてたびたび倒れてしまう便利なようで不便な技。
 夢を介してシュウたちに情報を与えたノイ――上位生命体は、人間に対して基本的には関与しないことを決めた。
 ゾラが戻ってくるかもしれないと告げるものの、わざわざその場所までご丁寧に手引きすることはなかった。移動手段のひとつとして、どうしてもフェニックスの瞬間移動能力が必要になってくる。
 今回はゾラとともに旅をしたメンバーで動きたい、という彼らのエゴによりおのずと移動役は決まる。彼らはあのときの忘れ物を取り戻すために、必死にあがいていた。
 瞬間移動で今の空間にたどり着いたとき、クルックはネネとの戦闘で初めて《影》を発動し、フェニックスと会ったときのことを思い出した。
 あの場所のように温かくはないが、雰囲気はどこか似ている。この世ともあの世とも言えない、幻想的な世界。クルックには、ここを示す的確な表現が思い浮かばない。
 彼女は瞬間移動能力を発動した際の体力の消費具合で、ゾラを連れて帰るチャンスは一度きりだと悟る。彼女は、すでに息切れしていた。なんとしても、成功させなければならない。
 初めて《影》を発動したときのように、得意の機械の知識も役に立たなくて仲間に泣きつくだけの、無力な少女はもういない。
 今の彼女は、圧倒的な数の暴力を前にしても絶望しない。《影》という立ち向かう術を手に入れ、世界の荒波にも揉まれ強くなった。
「みんなは敵をお願い!!」
 クルックは腹を括り、必死に戦っている仲間に指示を出す。このまま敵の攻撃を防ぐだけでは、埒が明かない。ほかの仲間がクルックの意図を察してくれることを信じて、彼女はゾラに向かって駆ける。
 そばにいたジーロがいち早く彼女の意図に気づき、彼女の進路にいる敵を薙ぎ払う。
「ブルードラゴン、オレらもやるぞ!」
『珍しくやる気じゃねーか!』
 それを見たシュウは雄たけびを上げて、自分自身に対し気合いを入れ直す。ブルードラゴンの炎で、あっという間にあたりの敵が消え去った。クルックが通る道だけが、奇麗に拓かれる。彼女は、ゾラへと続く道を駆けた。
 しかし、敵も素直にはいどうぞとゾラを明け渡してくれるはずがない。なんとしてもゾラをシュウたちに近づかせまいと、モンスターが襲いかかる。影使いや兵士に続き、見ているだけだった人間も投石で反抗する。
 それはまるで、シュウたちが世界を守っていたときのような気迫で。あたかも立場が逆転したかのような感覚に、彼らはかぶりを振る。それでも、ゾラとともにいることを選んだのだ。
 怨嗟の念が、敵の糧となる。ゾラへの厳しい感情は、シュウたちにも理解できるものでもあった。それは彼らも抱く、当たり前の感情だ。
「(ほんと、あたしたちが悪役みたい)」
 クルックは、自虐的な笑みを浮かべる。敵が攻撃してくるには、充分過ぎる理由があった。クルックはゾラを引き連れ、みんなまとめてお暇する算段だ。その間は、ほかの仲間たちがモンスターたちの対処をする。
 クルックは、意識を集中させる。複数人を引き連れての瞬間移動――一度だけなら普段はなんともないような行動でも、準備段階で彼女の体力は一気に消耗する。血の気が引くような感覚を覚え、眩暈がした。
 ゾラをなんとしてでも連れ戻そうとするシュウたちに反して、ゾラの戻ろうとする意志は弱い。むしろ拒絶していた。ゾラは、彼らに歩み寄ろうとする素振りを見せない。
 念のためにバリアを張っていたが、想定以上にクルックの体力を消耗したために、すでに解けている。彼女はバリアを張ろうとするも、今度は瞬間移動能力を発動することに意識が向かなくなる。
 このままでは、怨讐の波にのまれてしまう。クルックの身を案じたフェニックスは、いったん彼女の影と同化して身を潜める。
 ミイラ取りがミイラになっては意味がない。クルックは背中を仲間に預け、ゾラを連れて帰ることに専念することにした。
「(自分の使命は果たしたから、はいさようなら? そんなこと、あたしは許さないんだから)」
 夢のなかで、ノイはシュウたちに告げていた。ゾラを連れて帰るには、彼女の意志も必要だと。みんなで帰れるかどうかは、最終的にゾラの判断に委ねられる。
 仲間が拓いた道を駆け抜け、クルックはゾラの元にようやくたどり着く。彼女は、肩で息をしている状態だった。
 ゾラはキラーバットを召喚して抵抗する様子もない。そもそも、今のゾラに《影》は出せない。クルックは、確かにゾラの手を掴んだ。それなのに、まるで虚無に触れているような感覚をクルックは覚えた。
 ノイが言っていた意味を、彼女は真に理解する。――このままでは、ゾラを連れ戻せない。
 ゾラの背後にある石門は、装飾もない至ってシンプルな造形であるものの、異様な存在感を放つ。その先に消えてしまえば、今度こそゾラと離れてしまう。クルックの第六感が、そう警鐘を鳴らす。
 彼女は手を離さないように、しっかりと握る。しかし、ゾラを引っ張っているつもりが、彼女の背後に在る何かに引っ張られている感覚に陥る。
「私のことはもういい」
「あたしは……良くない……!! あたし、ゾラが思うより……自分勝手なの……!!」
「ッ(――クルック!!)」
 考えるよりも早く、シュウの体が動く。彼は本能的に、クルックの危機を察知した。昔のシュウに戻ったのか――、ジーロは一瞬眉間にしわを寄せるが、走りだした方角を確認して、戦闘に意識を戻す。
「(相変わらずだな)」
 ゾラの目の前にいる彼らは、もう彼女の後ろを歩くだけの子供ではない。
 シュウの空いたスペースを、ジーロとミノタウロスがカバーする。クルックは、気力だけで意識を保っている状態だった。彼女がいつ何時倒れても、おかしくはない。
 シュウがクルックの肩に手を置き、限界が近い彼女を支えた。クルックは、増援が来たことに安堵する。
 ゾラはクルックがここまで意地になっていることに、少々面食らっていた。ゾラとしては、シュウではなくクルックがこちらに来た時点で諦めてくれるだろうという思惑があった。
 クルックを支えるシュウの手は震えていた。彼が思いだすのは、クルックが無理をして倒れている光景。守りたかった人を守れなかったときの無力感、自分への怒り、最悪の展開を連想して背筋が凍る。
「(おかしいなぁ、あたしがシュウのこと心配する側だったはずなのに、毎回シュウに心配されてる気がする)」
「クルック、毎回無茶させてごめん」
「本当に……。でも、後悔はしたくないの。絶対みんなで帰るんだから」
「――あぁ、頼んだ!」
 シュウはクルックを信じる。クルックもシュウを信じる。シュウも成長した。彼だけではない。クルックも、ほかのみんなも、ときには壁にぶつかりながらも成長する。
 シュウは、クルックと背中合わせになるように立ち塞がる。そんなシュウの気持ちに呼応するように、ブルードラゴンが吼えた。運命をこじ開けるために。
 混濁していた意識がはっきりとしたクルックは、改めてゾラの瞳をのぞき込む。ゾラの瞳は揺れていた。クルックは、そんなゾラの表情に安堵する。ゾラが、遠い昔に封印したはずの感情。
 不幸な事故から、ゾラの運命は《闇》とともにあった。事の発端となった事故ですら、ゾラの――後に彼女とともに旅をするシュウたちの、運命だったのかもしれない。
 そんな不幸な因果を断ち切るために、今彼らは懸命に戦っていた。
「お前たちもういい。今ならまだ間に合う」
「……嫌だ。ゾラもあたしたちも、まだいる。死んでないよ」
「このままだと共倒れだ。お前なら分かるだろう?」
 ゾラは愁訴する。彼女の声は、震えていた。自分のせいでシュウたちが後戻りできないところまでくる前に、この場から早く立ち去ってもらいたい。
 反対に、純然たる情意を抱くクルックの声は、どこか凛としていた。彼女は、ゾラを抱きしめる。
 シュウはクルックとゾラを守るように立ち塞がり、敵の苛烈になる攻撃を果敢に叩き落としていく。ゾラの父親の二の舞にならないよう、確実に仕留める。
 不幸な事故に遭い、ゾラの支えは《闇》――キラーバットだった。《闇》は、かつてのゾラの生きる意味そのものだ。
 旅をしていた頃は掴み切れなかった、ゾラの孤独。仲間のなかで唯一シュウが理解したときには、すでに手遅れだった。
 クルックは、今度こそゾラの支えになることを切望する。それは、ほかの仲間も一緒だ。ゾラのことを知ったのは、シュウだけでない。ほかの人もゾラの孤独を、独りぼっちを知った。
 今は各々の立場があり、旅をしていた頃のように四六時中ともにいることはない。それでも、二度とゾラを孤独にはさせない。それは、シュウたちの共通認識だった。
 しかし、クルックのしようとしていることが敵だけでなく、今彼女たちがいる空間にすら拒絶されているかのように、敵の痛みが彼女を蝕み、彼女の体力は徐々になくなっていく。
 彼女はシュウとブルードラゴンの力を借りて一時的に持ち直したが、その場しのぎにしかならない。クルックは、早くも呼吸が苦しくなる。
 シュウはクルックとゾラに背を向けたまま、話しかけた。彼も、石門から発する異様な気配に気がつく。長居すればするだけ、シュウたちにとって不利になる。彼は、拙い言葉でクルックの援護射撃をした。
「ゾラ、こうなったらクルックはなかなか折れてくれねーぞ。オレだって、こういうチャンスがあったらぜってー掴むって決めてたんだ」
『だったらかっこ悪いところは見せらんねーなぁ!?』
「へっ、分かってるって」
 ブルードラゴンは、シュウを揶揄する。シュウは不敵な笑みを浮かべ、鼻の下を人差し指でこすった。その姿はゾラと旅をしていた頃の、昔の面影を彷彿とさせる。
 敵は無尽蔵に湧き出て、尽きる気配がない。モンスターも人間も、どこからかともなく湧き出てくる。敵は無限に現れるが、味方は有限だ。おまけに、人数も少ない。
 ブーケとヒポポタマスは、慣れない戦闘に四苦八苦しながらも戦っている。そんなブーケたちを、マルマロとサーベルタイガーがフォローしながら戦う。誰かを庇いながら戦うことは、いつも以上に気力も体力も使う。ジーロとミノタウロスは、孤軍奮闘している。
 各々に少しずつ隙が生まれる。攻撃を直接受けたり、押し返されたりすることが多くなった。
「もぅ、こっちの都合も考えてよ~」
「……マロー!」
『おいジーロ、』
「ミノタウロス、やるしかないんだ」
 ジーロはかすり傷が主だが、多少傷も負っている。しかし、傷に構っている暇はない。治療なぞしようものなら、袋叩きに遭うことは必至だった。ジーロは流れ弾を受け、頬に赤い血が垂れる。彼は手で拭い、敵を見据えた。
 ブーケは悲鳴を上げながらも、敵の攻撃を避ける。その流れ弾が、ジーロやマルマロに飛び火していた。マルマロも、攻撃を避けることに比重が寄っている。
 もう長くは持たないと、クルックのみならず、誰もがそう思い始めていた。
 ――どうして助ける?
 ――私たちのことはもういいの?
 ――怖いよ……。
 ジーロの脳内で、彼を責める声が聞こえる。
 声の主は、この世にいないはずのジーロの家族だ。この空間にたどり着いたときから、ずっと疑問を投げかけられていた。両親、そして妹によく似た人影も確認した。彼の幻覚かもしれないし、ゾラみたいに実際にいるのかもしれない。
 それでも、ジーロはゾラを選ぶ。ここに来ることを選択した以上、後戻りはできない。
 傷ついてもやり遂げるだけの価値を、彼はすでに見いだしていた。ジーロは過去より今を選ぶ。
「(ごめん、あんな声聞いたら放っておけないんだ)」
 家族も村も、いくら願っても戻ってこない。上位生命体に頼み込んでも、無理だと一蹴されるだけだろう。
 ジーロは一人旅を続けている都合上、めったに仲間と会うことはない。久しぶりに会うクルックは、ジーロが考えていた以上に大人びていた。この空間で聞いた彼女の叫びは、彼にとって衝撃的だった。
『戦いってのはこうでなくちゃなぁ!!』
 過去への未練も敵の怨嗟の声も、ブルードラゴンの前では些細な問題だった。
 久しぶりに制限もなく暴れることができる青い竜は、とてもご機嫌だ。
 ここ数年は思いっ切り暴れられる機会がなく、年単位でたまっていた鬱憤を晴らすかのように戦っている。そんなブルードラゴンに振り回される影使いの少年は、もういない。
 シュウはブルードラゴンに向けて叫ぶ。ゾラの迷いを断ち切るように、そしてブルードラゴンの枷を外すかのように。
「そうだな。――〈ファイヤークライシス〉!」

*シュウ*
 ――力を得て何がしたい?
 オレは、仲間を助ける力がほしかった。最初は幼馴染を、村のみんなを、そして守りたい人はどんどん増えていく。増えていく一方で、手のひらからこぼれ落ちることも多くなった。守りたい人のなかには、ゾラもいるんだ。
 ノイからゾラが戻ってくるかもしれないチャンスをもらえると聞いて、食いつかない訳がない。確かにオレはゾラに会って、言いたかったことが言えた。ゾラの言葉を、この耳で聞くことができた。
 でも、ほかのみんなは? 突然のゾラとの別れでオレたちはバラバラになり、クルックに関しては数年間すれ違っていた。
 ジーロと再会したときも最初《影》を戻さないと言われたときには、どこまでもいけ好かないやつだと思った。まぁ拳を交えたことで、なんとなくジーロの思惑が伝わったし、オレが未熟だった部分を知ることもできたから結果的に良かったのかもしれない。
 ――ゾラ、戻ってきなさいよ!
 クルックの叫びは、みんなの叫びでもあった。ゾラはびっくりするだろうな。オレとクルックが、別々の道を歩んでいたなんて。
 ゾラの心の傷を知ったのに、そのあとクルックの心の傷を察することができなかった。ローゼンクロイツに捕らわれていたあいだ、クルックに何があったのかは分からない。
 オレは幼馴染であるクルックに対して、すべてを分かったようなつもりでいたんだ。これからも気づかないうちに、誰かを傷つけるかもしれない。あぁ、現在進行形で傷つけているか。
 でも、オレはもう逃げない。オレは頭も良くないし、フィジカルも誰より強い訳ではない。
 ブルードラゴンがいなければ、ただの非力な人間に過ぎない。それを本当の意味で自覚したのは、上位生命体の試練を受けたから。
 オレだって、馬鹿なりにいろいろ学んだんだ。世界は単純じゃない。だからこそ得られるものもあるし、失うものもある。今は、自分のわがままを優先する。リスクを承知で、そう決めたんだ。
 点でバラバラな仲間だからこそ、向かう先が一致したときの頼もしさは尋常じゃない。
 敵はクルックがしようとしていることを察したのか、攻撃をこっちに集中してきた。だったら、オレとブルードラゴンがまとめて返り討ちにしてやるだけだ。ブーケのところに攻撃が集中するより、何倍も安心感がある。
 ブルードラゴンとこうして暴れることができるのは、いつ以来だろうか。嫌じゃないし、どちらかというと楽しい。
 仕方ない、オレもブルードラゴンもそういうやつなんだ。どんなに屁理屈を並べても、感情の前ではたやすく崩れてしまう。
 個々はそんなに強くない敵と言えど、油断すると命を落としかねない攻防なのに自然と笑みがこぼれる。かすり傷も、いい刺激になった。
 いいさ、いくらでもクルックの矛となり盾になってやる。
「まとめてかかって来い!」
『オレサマが相手してやる!』

* * *

 ブルードラゴンの必殺技が炸裂し、敵が一掃される。折れる気配が一向にないクルックに、そしてほかの仲間に対してゾラが「勝手にしろ」と白旗をあげた。
 ブーケこそ戦うことに苦戦しているが、彼女も含めてほかの仲間も諦めていない。呆れた表情を浮かべるゾラは、かつてシュウたちがよく見ていた表情に近いものがある。
 《闇》を解放するためにシュウたちと行動をともにしていたゾラでも、彼らの突拍子のない行動はいつまで経っても計算できないでいた。今でもそうだ。ゾラを追って、彼らがここまで来るとは思ってもいなかった。
「今の私にキラーバットは出せない。……任せた」
「分かった。――フェニックス!」
 クルックは力を振り絞って、フェニックスを呼ぶ。シュウは、比較的近くにいたジーロにアイコンタクトを送る。
 戦っているあいだジーロはシュウたちの様子を度々伺っていたため、すぐにシュウの合図に気がつく。彼は即座にマルマロたちに指示をした。
 ゾラを連れ戻すための戦いも、終わりが近い。
「…………! マルマロ、ブーケ、クルックのところに!」
「りょーかい!」
「マロ!」
 サーベルタイガーがマルマロ、そしてブーケを乗せて駆けぬける。ブーケは慣れない戦闘に終わりが見えたことに、喜びが隠しきれない。ジーロも、ミノタウロスとともに移動した。
 こうして、仲間全員がゾラの元に集まる。フェニックスが周囲を確認し、瞬間移動の準備に入った。
 再び敵が襲いかかる前に、クルックはゾラも含めた仲間を連れてこの場を抜ける。
 ブルードラゴンが必殺技を放ったあとは猛攻がなかっただけで、攻撃自体は止まることを知らない。シュウたちは最後の最後まで四方を警戒し、敵を打ち落としていた。石門から、無数の手が伸びる。
「(もう誰にも邪魔なんてさせないんだから)」
『いきます!』
 ジーロは一瞬だけ攻撃から意識を外して、人の群れを視界に収める。優しい瞳はすぐに、緊張の面持ちへと変化した。もしかしたらいたかもしれない家族に、彼は再び別れを告げる。
 唯一無二の家族も、彼にとっては大切な人たちであることに変わりない。次は土産話をたっぷりと携えて、あの頃のように。二度目の別れはジーロの背を押す、前向きなものだった。
「(また)」
 フェニックスが鳴き声を上げる。うごめく手がゾラたちを絡め取る前に、彼らは現実へと戻る。敵は煙に包まれたかのように消え、獲物を失った手は宙を這い霧散した。フェニックスの羽だけが数枚散る。
 戦いは終わった。


◆◇参加中◇◆
にほんブログ村

拍手

PR

コメント

プロフィール

HN:
智美
Webサイト:
性別:
非公開

P R